※小西大学生、亘理高校生時代
君へと繋がるもより時系列後
あの人のいない学園生活はひどく穏やかなものだった。
『会いに行ってもいいですか?』
悩みなんて、あの人に伝えられない言葉を飲み込む位しかない。
あの人にもしも俺より大切な人ができてしまった時、おれは惨めに泣きすがってしまうんじゃないか。
だって、もう幸せを知ってしまったから潔く身なんて引けない。
大地さんが卒業するときに、これっきりかもしれないと思った感情を今は受け入れられない。
もういらないと言われても多分縋ってしまう。
だからこそ、会いたいって言葉を飲み込んでしまうのだ。
あの人に、重いとか、少しでも邪魔だと思われたくない。
メッセージに軽い返事をして、それから一人きりのベッドで目を閉じた。
* * *
気が付いたら、あの人の住んでいる場所の最寄りの駅に降りていた。
自分の手を見る。指輪のある指から延びる糸の先にはあの人がいる。
この前、初めて手繰った先にいたあの人の事を思い出す。
気が付いたらなんて嘘だ。
他の場所が思い浮かばなかったのだ。
あの人のいる場所以外、頭になかった。
だから、約束もしていないのにこんなところまで来てしまった。
だからといって、あの人に連絡するなんて迷惑なことできない。
あーあ。馬鹿みたいだと思って次の電車で帰ろうと決める。
約束すらできないの何をしているんだろう。
あの人に何度も言われている内容は言葉としては理解できている。
一言、連絡すればよかったのかもしれない。
寂しいと、一目会いたいと。
でも出来なかった。俺はそれほど自分に対して自信が持てない。
ホームのベンチに座っていると雨が降ってきた。
静かに降りしきる雨をぼんやりと眺める。
次で帰ろうと思ったのにもう二本見送った。
向こうのホームに電車が滑り込む。
雨はまだ降っていて視界はあまり良くない。
ふいに、小指の糸がほんの少し、浮いた気がした。
引っ張られるという程の力ではない。
そもそも糸がそんな風に何かに影響を受けることは多くない。
五十嵐君みたいな特殊体質でもない限り、糸はただそこにあるだけだ。
それなのに。糸の先を見ると、そこには降車した人たちが歩いていた。
少し明るい髪色、綺麗な姿勢。それだけじゃないんだけれど、すぐに一人の人に目が行く。
あの人だった。
気が付いて欲しいのか、欲しくないのか自分でもよく分からない。
大声を出せば気が付く距離なのに、吐息一つ出せやしない。
ただ、食い入る様に視線の先にいる人を見つめてしまう。
刹那、あの人がこちらを向く。
それから驚いた様な表情をして、彼は彼自身の小指から延びる糸を確認していた。
次の瞬間、彼の口がパクパクと動く。
『ちょっと、待ってて。』
あの人が、走り出す。
俺も思わず立ち上がって、彼のいるホームの方に向かった。
はあ、はあと息を切らしている小西先輩はそれでもこちらを見て笑顔を浮かべた。
「こっち、なんか用事があったなら言ってくれればいいのに。」
そう言いながらあの人がこちらを見る。
聡い人だ。言い切った直後、俺の様子から自分の言った話が見当違いなのだと気が付いた様だった。
「あー、もう。」
あの人の手が俺の指に触れる。
「冷え切ってるじゃんか。」
あの人の手が熱い。触れた指先からこちらの手もジワリと熱くなる。
「俺の家、行こうか。」
有無を言わさぬ声だった。
「でも、もう帰らないと。」
「今から外泊届出せば充分だよ。」
当日の外泊届はめったに許可されない。
そんな事この人も知っている筈だ。
「大丈夫。裏技がある。」
こっちはルールを作ってた側だから。そう言って笑いながら俺の手を引く。
「傘一緒に入ろうか。」
こちらを見て笑ったあの人の少し嬉しそうな笑顔を見て、思わず小さな声で「会いたかったです。」と言ってしまった。
「俺も、だよ。」
あの人が俺の手をぎゅっと握りしめたので手がなおさら熱い。
改札で手を離さねばならないのが少しだけ寂しくて、あの人の手をそっと撫でた。
了
お題:繋がる指先の番外編