俺は今、お世辞にも綺麗な状態ではない。
最後に湯で体を流したのがいつだかさえ思い出せないのだ。
しかも、この人を戦場に来させないために俺がいるというのに、こんなところまで来させてしまった。
それなのにもう一度抱きしめられて、涙が出てしまう。
嬉しいと心も体も言っているみたいな気分だ。
「なんで……。」
来てくれたんですか?という言葉は顔をすっぽりと彼の胸元に押し付けられたから聞けなかった。
「愛してる。」
彼は小さな声で、それだけ言った。
「茶番だねえ。」
聞きなれない声に、俺を抱きしめる人の体が一瞬緊張するのが分かった。
がっ、という鈍い音がして「少しはデリカシーってやつを持てよ。」という友人の声が聞こえる。
そうだ。友人だ。
俺は少しだけ顔をずらして友人の方を見る。
「それは、契約精霊なのか?」
「ああ。」
契約方式がちょっと特殊だけど、まあそんなものだ。
友人が言う。
すさまじい威力の魔法が発動するのを確かに見た。
ただ、彼の元々の能力とかけ離れているという実感しかないのだ。
それこそこの戦争の均衡を崩す様な圧倒的な力だ。
「で、俺の想い人だって、馬鹿な推測がぶち壊された感想は?」
友人は見たことも無い悪人の様な笑顔を浮かべて召喚精霊に話しかける。
「うーん。微妙に及第点には足りませんねえ。」
失礼な物言いの友人に対して召喚精霊は面白そうに笑う。
舌打ちの後、友人は少しばかり苛立った様な様子を見せる。
それから「ここでこいつが一人で死んで、こっちのお貴族様が悲劇のヒーローになるのを眺めるのと、この兄弟が道ならぬ恋で誰からも祝福もされず、ただ隠し通さねばならない姿を近くで面白おかしく眺めるのとどちらが楽しいと思う?」と無茶苦茶なことを言った。
見上げた義理の兄弟の顔は照れたように少しだけ赤い。
少しの言葉でもう気が付いている。友人はこの召喚精霊に対して随分挑発的な言葉しか言わない。
そして、俺を抱きしめる人もそれを止めない。
多分、そういう事なのだろう。
「うーん。そりゃあ勿論って感じだから、仕方がない。ここから一番近いのは南方司令部だったけ?
そこにワタシを案内しなさい」
あとは、ちゃちゃーっとかたずければいい。
あまりに普通に言う。けれど垣間見た彼の実力であれば、それは当たり前の事なのかもしれない。