人魚病2

それはあの人の目の前でおきてしまった。

といっても検査中の診察用ベッドの上でのことだから、他にも何人も白衣を着た人間がいたけれど、それでも一番気になったのは俺の持ち主になっている男のことだった。

再発していた結晶が砕けたのだ。
ピシリと音がしたのは気のせいだっただろうか。

ヒビが入ったと思ったらがたがたと崩れ落ちるみたいに砕ける。
すでに足の先の方はない右足だった。

切断手術の時はそこは見えない状態で進んでいたし、目の前で足が駄目になっていくの目の当たりにするのは初めてだった。

悲鳴を何とか飲み込んだ自分を褒めてやりたい。
自分の足が足じゃなくなる瞬間を見て冷静になれるやつなんているはずがないし、だからといって無様に叫び声をあげるのも嫌だった。

それでもどうしても息は荒くなってしまう。
ゼイゼイと息をしたまま、俺の持ち主を見ると、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

それがまるでとても辛いことがおきてしまったような表情で、そんな顔でも美丈夫なことには変わらないのかと場違いなことを思った。

けれどその苦し気な表情が、俺の足が割れたことでコレクションの価値が下がってしまったことが原因だと思いいたってガツンと頭を殴られたようなショックを感じる。
それは自分の足が砕け散ったことよりも不都合な事実みたいに感じてしまった事が自分自身でさらにショックだった。

喉の奥のあたりが締め付けられるような感覚がした気もすれけれど、それは無視した。

「残念でしたね。あなたのコレクションが。」

自分の中に渦巻く感情に蓋をするため、思わず酷い言葉が口をついて出る。
あの人の表情がさらに歪むのを見て、ああやっぱりという気持ちと後悔が半分ずつ。

なぜ後悔なんてするのか自分でもよく分からなかった。
酷いのなんてお互い様だ。

それなのにあの人の表情に悔しそうなそれでいて悲しそうなものが加わってしまった気がして、どうしたらいいのかわからない。

残った太ももの一部をあの人が撫でる。
痛みは無かった。ただ、疼く様な痒みが少しだけ減った気がした。

「済みません。患部の確認をしますから。」

申し訳なさそうに、医師だと名乗ってた男があの人に声をかける。
男はちらりと医師を見てから俺の太ももから手を離す。

砕けた石の中からごく小さな結晶を手に取ってまじまじと眺めている男をぼんやりと見る。

患部の確認の結果はどうせ碌でもない事になっているのだろうし考えるだけ無駄だと思った。

初めて会った時、誰かの体の一部を集めるなんて気持ち悪いと思ったし、今も思っている。

だけど、あの人が俺の欠片である青い結晶を見ているその目はひどく優し気で、結晶が少しだけ羨ましいと思ってしまった。