愛を囁く2

ヴィーと何としてでも会うと決めたが、いきなり会おうと言ってもきっと警戒されてしまうだろう。
彼の為の曲がどんどんたまっていく中、2曲目のコラボの打ち合わせの中で、アコギバージョンの話が出たのは、俺にとって渡りに船だった。

少し出ただけのその話しを持ち出し、ヴィーをスタジオ録音に誘った。

「よろしくお願いします。」という返事が来た日は、興奮して眠れなかった。

あの声の持ち主に会える。
容姿は見た事は無いが、あの声と、話し方から感じ取れる性格から、どんな見た目でも愛してしまえる自信があった。

いい歳した大人が、約束した日を指折り数えて待ってしまった。
そのくらいヴィーに会える事が楽しみで仕方が無かった。

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約束の日曜日、俺は駅に着くと周りを見まわした。
確か、ヴィーは大学生のはずだ。
二十歳前後の人間を探した。
すると、周りをきょろきょろしてはそわそわと立っている一人の男に目が行った。

ダッフルコートにジーパンのごくごくありふれた大学生という感じの出で立ちだが、かなり華奢な体つきをしている。
顔は所謂醤油顔で、だからといって中性的という訳ではなくしっかりと男の顔つきをしている。
好みにドストライクのその彼であってくれという希望から、声をかけた。

「済みません、ヴィーさんですか?」

俺が声をかけるとその彼はこちらを見た、視線が絡んだ後

「あ、あの、はい、あの…。」

と焦ったように声を出した。
機械越しで聞く声より、透き通った声に驚く。
実際の声はより俺の好みで、もっとずっと聞いて居たくなったがとりあえず、パニック寸前の彼に「大丈夫、緊張しないで。」と声をかけた。
声は今まで以上に好みだし、見た目も何もかも俺の理想そのものだった。

何としてでも、俺のモノにしたい。
普段あまり、執着する方ではないのだが、ヴィーだけはどうしても欲しい。
とにかく、俺の事を信用させる事が先決だと思いながら口を開いた。

「ヴィー、予約は15時からだからそろそろ行こうか?」

俺が声をかけて暫くするとじわじわと赤くなるヴィーに体調でも悪くなったかと心配したが、どうやら、ヴィーと呼ばれるのが恥ずかしいらしい。
もしかしたら、ヴィーの本名が聞けるかもしれないという下心から、自分の本名を教えた。
すると、ヴィーも本名を教えてくれた。

「へえ、じゃあ、樹って呼んでもいい?」

と名前呼びの許可をなし崩し的に貰った。
樹か、くそ、かわいいなあ。
名前を呼びまくりたい。

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スタジオに入ると録音用の機材とPCを繋いで準備をする。
大した事ない作業なので、樹の手を煩わせる事もない。

準備をしながら、会った時に感じた疑問を口にした。

「そういえばさ、樹ってどんなマイク使ってる?」
「え?ふつーに電気屋で買ってきたやつですけど……。」
「いくらくらいのやつ?」
「えっと、確か1500円位だったかなぁ?」

マイク越しの声も物凄く良かったが、実際の声に比べるとかなり劣っていると感じていた。
その声の差がかなりあったので質問すると、格安のマイクを使っている事が分かった。
それで、劣化してしまっていたのか。

マイクに殺意を抱いたのは初めてだ。

使っていないマイクを送るという口実に住所をGETした。
余っている物が無いわけではないが、この前買ったばかりのマイクとヘッドホンをプレゼントしようと心に決めた。

準備も終わり一度合わせて歌ってみる事にした。

樹の歌声に合わせて俺も歌う。
生で聴く樹の声は俺の理想を体現したような声で堪らなかった。

この声を喘がせてみたい。
本能にも近いその欲求を持って俺が樹を見ているなんて、勿論彼は知らないだろう。

曲が終わって感想を聞くと

「ミヤさんかっこ良すぎです。」

と返ってきた。
なにこの可愛い生き物。
持って帰っていいですか?
俺が悶えそうになるのを必死に我慢していると、じわじわと赤くなっていく樹に可愛くてうれしくて笑いがこぼれた。

録音は順調に進み、どうしても彼の歌が録りたくて彼一人にも歌ってもらった。

まだ、離れがたくて延長して二人でいろんな歌を歌った。
勿論樹の声を逃したく無くて、録音はし続けていた。

恰好付けたくて、支払いは俺がと言ったが、樹は申し訳ないと譲らず結局俺の方が少し多めに払うことになった。
夕食に誘うとOKしてくれて一緒に食べた。

本当はデートで使うような店に行っても良かったんだけど、樹はきっとまた気を使ってしまうと思ってファミレスにした。
たわいもない話を二人でして、デートみたいだなと思った。

「また、一緒に歌おう。」

帰り際、次の約束がどうしても欲しくて俺が言うと、樹は突然涙を流した。
結構いい雰囲気になってたよな?
もしかして、嫌なのを我慢していたとか?
嫌な汗が背中を伝うが、とりあえずハンカチを手渡す。

「何か、うれしすぎて感情が高ぶっちゃって。」

今、めちゃくちゃ樹を抱きしめたい。
ただ、それをやってしまうのは友人にすらなれていない俺と樹では無理だ。
欲望と理性がめちゃくちゃに戦っている中、どうにか笑顔を浮かべて

「嫌なのかと心配になったぞ。絶対またコラボするからな。」

と言った。

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折角、マイクを送るのだからと何か一緒にプレゼントする事にした。
思い浮かぶのは指輪等のいかにも恋人に送るものばかりで、苦笑した。

身につけるものを贈りたいと思い、マフラーと甘いものが好きだと言っていたのでキャンディを贈った。

このヘッドホンを通して、俺の気持ちが伝染すればいい、そう思って、彼の耳が当たるであろう部分に軽くキスを落とした。