愛をうたう1

好きな人の家に初めて行くという事は誰にとっても特別な事だと思う。
例え相手にその気が全く無かったとしても……。

特に俺のように相手が同性の場合、恐らくというかかなりの確率で相手は何の気無しに家に招待しているのであろう。

「わざわざ遠くまで来てもらっちゃって逆に大変だっただろ?」

自宅最寄り駅まで迎えに来てくれたミヤさんが申し訳なさそうに言った。

「全然!!それにしても防音設備付きの賃貸って珍しいですね。」
「ああ、条件にあう物件が中々無くて、結局通勤一時間半コースだよ。」

苦笑いするその表情もかっこ良くてついつい見入ってしまった。

「ここなんだけど」と案内された建物はむきだしのコンクリートに小さめの窓が見えて、まるで秘密基地のような外観だった。
大家さんの趣味らしいが、男なら一度はあこがれる佇まいのその住まいに思わず歓声を上げた。

「散らかってるけどどうぞ。」

ミヤさんに続いて部屋に入る。

ああ、ミヤさんの香りだ。
家というのには多かれ少なかれそのうちの匂いというものがあると思うけど、ここはなんていうかミヤさんからいつも香っているシトラスで充満していた。

「こっちなんだけど、お茶でも入れてくるから少し待ってて。」

間取りは恐らく2LDK。リビングから通された部屋は作業用の部屋らしくデスクにはPCとMIDIキーボード等が並んでいる。

ここでミヤさんの楽曲が生まれているんだ。
ファンとしてこんな贅沢は無いと思う。
キョロキョロと見まわしていると、ミヤさんがお茶を持ってきてくれた。

「椅子も出さないでゴメン!!その奥に折りたたみの椅子あるから出してもらえるかな。」

言われた通り棚の隙間に折りたたみの椅子があったので取り出して座った。
ミヤさんが入れてくれた紅茶に口を付けるとふわりといい香りがした。

ミヤさんは大人で、何もかも俺と違う事を見せつけられている気がしてチクリと胸が痛んだ気がした。
ミヤさんに見せ付けるなんて気持ちが無い事は百も承知で自分自身の被害妄想のような物な事は分かっている。
けれども俺の気持ちの行き先等、絶対に無いと宣告されているような気分になってしまうのは仕方がないと思う。

俺の勝手な恋愛感情でミヤさんを困らせる事だけはしたくない。
気持ちを切り替えて今日の本題の件を聞いてみる事にした。

「あの、新曲って本当に俺が歌うんで良いんですか?」

ミヤさんのニヤニヤ動画での活動は基本的にまずボカロを使って曲を作って、それをアップして、場合によってはミヤさんが歌うというスタイルだ。
今までに、最初からミヤさん以外の生身の人間が歌ったものを新曲として上げた事は無いはずだ。

それを、最近良くコラボさせてもらっているとはいえ本当に俺なんかが歌ってしまっていいのだろうか。そうずっと悩んでいた。

「勿論良いに決まってるだろ。どうしても樹と歌いたかったんだよ。
真面目な樹の事だ、そんなこと言っていてもちゃんと楽曲練習してきたんだろ?」
「……練習はしてきましたけど。」
「やっぱり。」

そんな風に笑顔を見せないで欲しい。心臓がどうにかなってしまいそうだ。

ミヤさんから送られてきた曲は、禁断の恋をテーマにしたものだった。
所謂、デュエットソングという奴で、同性同士の恋を歌ったものでは勿論無いのであるが、練習中もずっと感情移入をしすぎてしまいボロボロと泣き崩れてしまう事も何度もあった。

ミヤさんも、禁断の恋をしているのだろうか。
録音の準備を始めるミヤさんを見ながらそう考える。
勿論、必ずしも曲のテーマが実体験で無い事は分かっている。

「あれ?樹どうした?」

あまりにも不躾な視線を送ってしまったのでミヤさんがどうしたと聞いてきた。

「ミヤさんは禁断の恋をしているんですか?」

心の奥底で聞きたい質問はこれでは無いのだけれど、質問をしてみる。
あまりに不躾な質問であったのに、嫌な顔一つしないでミヤさんは答えてくれた。

「そもそも絶対に好きになっちゃいけない人なんてこの世の中に居ないと俺は思っているよ。」
「だって、不倫とか駄目な事ってありますよね。」

さすがに同性とかと口にする事は出来なかった。

「それは付き合っちゃ駄目な人であって別に好きになるのは自由だろ?」

何故か覚悟を決めたような表情でミヤさんが言った。
ミヤさんは誰かを好きで居続ける覚悟を決めているって事か……。

分かりきった事だけど、失恋が確定事項になってしまって泣きじゃくりたい気持ちになった。