愛を叫ぶ5

翌日、寝不足の目をこすりつつ出社する事になった。
樹からは何の連絡も無かった。

それが、答えという事か。
長い溜息をつくが、気持ちは当然楽になどなりはしない。

死刑宣告を受けるためだけの様な気がしないでもないが、それでもこのまま無責任に逃げるのも社会人としてどうなのかとギリギリのところで会社に向かった。
会議用のジャケットが逆に場違いな気がしてしまいイライラする。

社長から話が回る事は無かったようで、奇異の目で見られる様な状態にはならなかったので助かった。

会議室に入って座る。
もう、この際会議中に叩きつけてやれと辞表はジャケットの内ポケットに入れている。

そこに、会社の主要メンバーがアニメ制作関係者を連れて入ってきた。
お決まりの名刺交換から始まる会議は主題歌の話になるまでは順調だった。

主題歌、劇伴の話しなり、社長が俺を改めて紹介する。
立ち上がり頭を下げ挨拶をすると。
プロデューサーが眉をひそめた。

ああ、なんだ。
こいつ、ご同類か。
樹の時には気がつかなったが、ある程度ご同類かどうかは見れば分かる。
こいつはこちら側の人間だ。

「以前からご説明した通り、今回のプロジェクトから宮本さんは外れてもらう方向で考えています。」

静かにプロデューサーが言うと、こっち側の人間がにわかにざわめく。
社長が堪えるように眉を寄せこちらを見据える。
まだ、駆け出しでペーペーだった俺を拾ってくれたあの人にあんな顔をさせてちゃまずいよなという気になって口を開いた。

「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「理由?ご自身が一番よく知っているのでは?」
「おっしゃっている意味が分かりませんが。」

昨日聞いていて何を言われるのか、おおよその予測はついているが、わざわざ自爆してやることも無いだろう。
プロデューサーは俺を小馬鹿にしたような下卑た笑みをうかべ

「……不特定多数の男性と性的関係を楽しんでいるというスキャンダルの報告が上がってきているんだが、身に覚えがあるだろう?」

勝ち誇ったように言われた。
俺を外すと言われた時よりざわめきが大きくなる。
これ、お前も同類だろ?と水かけ論にしちゃダメなんだよな。

「あの、本当に身に覚えが無いんですけど。」

“不特定多数”と関係はもった事が無いので遠慮なく言わせてもらう。

「アニメとはいえ、クリエイターは業界人としてクレジットが載ります。
今はネットニュースも発展してきていますからスキャンダルは避けたいんですよ。
分かりますよね。」

念を押すように言われる。
ああ、キレそうってこういう状況を言うのか。
もう何もかもぶちまけてしまいたい。

そんな俺の気持ちをよそに、おずおずと声を上げた人間がいた。
グラフィックを担当していた橋本さんだ。

「あの、そもそも弊社の宮本を外して、音楽周りはどのようにするご予定ですか?」
「劇伴はアニメ制作会社の方で準備させます。
主題歌については、元々ゲーム会社の人材を使う事が無いので関係ないかと思いますが、方針としてはニヤニヤ動画の歌い手を起用する予定です。予算の都合もありますしね。」

馬鹿にしたようにプロデューサーが笑った。
歌い手はプロ活動をしている歌手よりは安い。その事実は覆せないものとしてあるがその言い方は無いだろうと思った。

「歌手の件は分かりました。楽曲の提供は?挿入歌との絡みもあるかと思いますが。」
「歌い手兼楽曲提供できる方にお願いしています。ミヤヴィという方ですが。」

目の前が真っ赤になるというのはこういう瞬間に使うのであろう。
ミヤヴィというのは樹とコラボで歌をアップする時のユニット名のようなものだ。
そんな連絡は俺のところには来ていない。

ふざけるなよ。

黙っていれば結局俺の所にオファーが来るのかも知れない。
だけどそんな事をしたくは無い。
青いと言われようが馬鹿だと言われようがそんな事はどうでもいい。

「ふざけんなよ。」
「はい?」
「音楽舐めるのも大概にしろよ。」
「ちょっ!?宮本!」

会社の仲間が止めに入るが悪いが止まらない、止めるつもりもない。

「歌い手が安いのは分かるけどな、適当に曲作れって言われて、はいそうですかって作れる訳ないだろ。それならタイアップ曲の方がまだいい。」
「ホモが何を言ってもしょうがないでしょう?」
「それがふざけんなだ。俺がホモでそもそも手前に迷惑かけたかよ。そもそも不特定多数ってそんな面倒臭え事する訳ねーだろうが。」

吐き捨てる様に言う。
どうせこれで辞めるんだ。社長には悪いが言いたい事は言わせてもらう。

「あなたに何ができるって言うんですか?」
「は!?」
「あなたを使うよりアマチュアの動画製作者を使った方がマシだと言ってるんですよ。」
「やってみないと分かんないだろ!そんなもん。」

プロデューサーは長い溜息をついた後言った。

「それでは作ってもらいましょうか?
条件は2つ。
一つは歌い手は先ほど言ったミヤヴィを使う事。若い女性の人気が欲しいですからね。
もうひとつは期日は明日。
勿論ですが明日の時点でミヤヴィには仮で構わないので歌う事を了解させてください。」

完全に無理難題だ。
それは分かっている。

だけど、それでも賭けてみたい。
分が悪いのは分かっている。
社長にも会社の皆にも間違いなく迷惑をかける。

それでも

「やります。やらせて下さい。」

会議室がシーンと静まりかえる中、俺はそう言った。