愛を叫ぶ4

それから一週間ほどたったが、樹から連絡はこないし、自分からもアクションを起こすことはできなかった。

会社の方も、何だかんだでやることが無いなんてことはまずないので辞表を出しそびれていた。

その日もだるい気持ちをおして出社すると、すでに社長が来ており目があった。

「おはようございます。」

俺が声をかけるが、妙に歯切れが悪い様子だ。
ただ、挨拶は返ってきたし理由が分からない。

困惑した様子で社長が口を開いた。

「ちょっとここじゃアレだから……。」

こっちから、辞表を叩きつける前に、首にされるのか?
それとも何なんだ?
こちらの方が困惑してしまう。

まあ、このまま突っ立っていても仕方がないので社長の後に続いて応接室に入った。
薄暗い室内にはだれもおらず、座るように促された。

社長がブラインドを開けた。
薄暗かった部屋が明るくなる。

俺の向かいに社長が座った。
えらく難しい顔をしている。

普段、子供のようにゲームの事を語っている事が多い印象の人なので、ああ何かあったのかと思った。
その“何か”が何なのかは分からないけれど。

「あのな、ちょっと言いにくいんだが……。」

ああ、やはり退職勧告か?
静かに次の句を待った。

「アニメの主題歌の件だが、先方に問い合わせてみたんだ。
そしたらな……。」

何か言い辛そうに口をもごもごと開けては閉めるを繰り返す社長に、ああもうはっきりしろよと苛立ちに似た感情が湧きあがった。

「あの、はっきり言ってください。」

俺が声をかけると、ハッとしたようになってから静かに話を続けた。

「アニメのプロデューサーさんがな、お前がその、何だ、ゲイなんじゃないかって言うんだよ。で、スキャンダルはまずいという事で外したって言ってこっちの話し聞かないんだよ。」

苦笑交じりで社長は言った。
ゲイ、その単語を聞いた瞬間目の前が真っ暗になった気がしたけど、その直後ほんと何でか分からないけど樹の声が頭の中で反響して冷静になれた。

確かに俺はゲイだ。
だけど、そもそも、現在付き合っている樹とは外で手を繋いだことすら無いし、その前に付き合ったことのある人間に関してもそうだ。

付き合っていない人間と寝たことがあるかといえば、答えはYESだが、そもそもそいつらに自分の名前も経歴も何一つ教えてはいない。
そもそも、会社帰りにゲイバーへ寄ることも無いし、必ず帰宅してなるべく身元が分かる物は身につけず、そういったところには行っていた。

あと、考えられるとしたらそのプロデューサー本人もしくは近しい人間が御同類ってこと位か。
顔はさすがに変えられないからな……。

あれこれ思案していると社長は

「明日、ここにプロデューサーさんが来て打ち合わせになるから。
宮本も同席しろ。
話はそれだけだ。」

そう言って立ち上がった。
結局俺は一言も言葉を発しなかった。

黙っていた俺を社長はどう思ったんだろう。
ゲイだという事が恥ずかしいとか自分を消してしまいたいとかいう時期はとうに過ぎていたが、さすがにこれはきつい。

俺は、ため息を一つつくと、応接室まで持ってきてしまっていた通勤かばんを開けスマホを取りだした。

電話の発信をする。
1コール、2コール……

もう9時を回っている、恐らくあいつ、樹は出ないだろう。
でも、どうしても樹の声が聞きたかったのだ。

だがやはり、繋がらず無機質な留守電のメッセージが聞こえる。

「樹、声が聞きたい。」

一言それだけを留守電に残し通話を切った。