「本当にみせていただけるんですか!?」
興奮したように、佐々木が言うと、ちょっと待っててくださいと奥のドアを開けて中へ入っていく。
奥の方から、ごそごそと音がしたかと思うと、どったんばったん何かが倒れるような音や、何か固い物が落ちたような音がしてくる。
何なんだ?
大丈夫か?
俺が心配していると、大きなドラムバッグを抱えた佐々木が中から出てきた。
俺は嫌な予感に恐る恐る、鞄を指さしながら聞いた。
「それは一体何でしょうか?」
俺がそう聞くと、当然というように佐々木改め、馬鹿が言う。
「え?鞄ですけど。」
いや、俺が聞きたいのはそういう事じゃなくて、間違いなく分かってんだろうが!!俺がチッと舌打ちをすると、馬鹿は慌てて言葉を足す。
「どう考えても、今日中に山中滋氏の資料のすべてに目を通すのは無理ですので、ここは泊まり込みで、資料を確認しようかと思いまして……。」
イッケメーンスマイルで言われても俺は騙されないぞ。くそが。
「は?何勝手に泊まり込むことになってんだよ?はあ?」
この馬鹿が年上であろうという事や、あこがれの高梨教授の下で研究をしているであろうこと等、完全に頭の外になり、思わず突っ込む。
「いやだなあ、別に照れなくてもいいんですよ。」
見当外れの言動をする、馬鹿に、何とか殴りたい気持ちを抑える。
さすがに、殴るのはまずいよな……。
必死でこらえている俺に、馬鹿は俺の手を取って、歩き出す。
何で、仲良くお手々つないでいるのでしょうか?
「…離せよ。」
馬鹿に引きずられる手を見ながら俺が言うが、前を歩くこいつにスルーされた。
クソ。
まだ、大学にはそれなりに人は残っていたが、大の男が手を繋ぐという状況にじろじろと不躾な視線を感じる。
いい加減にしてほしい。
口にも出てしまったようで
「おい、いい加減にしろ。」
と俺が言うが、馬鹿は全く気にしていない風だ。
「いや、楽しみなので、早く一緒に帰ろうと思いまして。急ぎましょう。」
そう言って、馬鹿はとろけるような笑みと言う言葉がぴったりな笑顔を浮かべた。
――ズキリ。
何故か胸のあたりが痛んだ気がして慌てて、否定する。
昨日からの笑顔と明らかに違う、本当にうれしそうな笑顔に俺が傷つくなんておかしいじゃないか…。
引きずられるように歩きながら、俺は、自分の感情を否定し続けた。