「坂巻さん、飯いきませんか?」
安田に声をかけられてパソコンに向かっていた顔をそちらに向ける。
何度か夜安田がうちに来たことはあったし、休みの日イベントだのアニメショップだのへ一緒に出掛けたこともあったが、会社で話かけられたことはほとんど無かった。
まあ、当たり前で同じチームでも無ければ仲良くしたいタイプじゃないだろう。お互いに。
事実近くにいた女性社員が驚いた表情でこちらを見ている。
ものすごくいたたまれない。
「いや、今日はちょっと……。」
急いで入力したいやつあるから。俺がそういうと安田はチラリとパソコンのディスプレイを見て、それから「じゃあ、決まりですね。何食べたいですか?」と聞いた。
俺の話をきいてなかったのか?なんなんだよ。話しなんかある筈もないし安田は安田と同じようなやつらといつも通り飯を食えばいいじゃないか。
そんな事を思うのに、口は上手く回らない。
「安田さん。みんなでご飯ですかぁ?」
俺に話かけるときより若干高めの声色で女性社員が安田に尋ねる。
「いえ。坂巻さんとちょっと話したいことがあって。」
安田が微笑んでやると女性社員は少しだけ頬を赤らめている。
「資料貸してください。昼までに半分手伝いますから。」
そう言うと俺が断る前に安田はデスクに置いてあった資料を俺から取り上げてしまう。
こうなるともう、何を言っても周りからは俺がいけないって思われるパターンだ。
イケメン許すまじ。皆安田のこの顔に騙されて、俺がまるで我儘を言っている様に受け止めてしまうこと位、俺にだって分かる。
「分かった。じゃあ頼む。」
何とかそれだけ絞り出して、何も考えない様にした。
◆
何が食べたいですか?って聞かれて思い浮かんだのがラーメンしか無かった。
普段はコンビニで買ったパンを食べて済ませることが多いので、こういう時何も思い浮かばない。
「じゃあ、近くに煮干しラーメンの美味しい店あるからそこにしましょうか。」
安田はそれだけ言うとこっちですと俺を案内した。
店の端の二人用のテーブルに案内される。
昼時とあって店は繁盛しているが、うちの会社の人間は俺達以外誰もいない。
「で、用事って何なんだ?」
「へ!?ああ、特にこれといった用事は無いですよ。」
安田はお冷に口をつけながら言う。
「なら、わざわざ声かけてくること無いだろ。」
アニメの話だって同人の話だってこんなところでしてもしょうがないし、俺はともかく安田はオタクだってこと隠している様に見える。
「えー、俺はただ単に坂巻さんともっと仲良くなりたいだけなんですけどね。」
安田は距離の測り方が上手いやつだと思っていた。
だから、こんな風に社交辞令を言ってくるとは思わなかった。
何か言い返すべきなのか?よく分からない。
「お待たせいたしました。煮干しらーめん2つです。」
店員がどんぶりを二つ置いていく。
なんとなく、話す雰囲気じゃなくなってしまって箸をとって食べ始めた。
「ん、美味いなこれ。」
「そうでしょ。最近のお勧めです。」
確かに美味い。たまにはこういう昼飯もまあいいかと思える程にこのラーメンは美味しかった。
特に訳の分からない会話お無かったし、飯は美味かったし、誰かに変な目で見られることも無かった。
だからといって安田の行動の意味が理解できる訳でもないけれど。
「坂巻さん、割と俺の言ったこと、どれもこれも本気にしてないですよね。」
会社に戻る道中安田がまるで独り言のように言った。
「そうか?」
「まあ、だからこそ警戒されてないからいいんですけど。」
安田は訳の分からない事を言ってそれから「また、たまに一緒に昼飯食べましょう。」と笑顔で伝えてきた。
思わず頷いてしまってから自分の選択が間違ったことに気が付く。
訂正しようと口を開こうとしたところで、まるでそれを見越したように微笑みかけられて黙ってしまう。
本当に、イケメン様は得だ。
まあ、あまりにも嬉しそうなので断る為のあれこれには気が付かないふりをした。
お題:会社での話