最初なんの話かよく分からなかった。
いい加減って言われたので何か借りっぱなしになってるものが無かったか思い出そうとして、視線をうろうろさせていたら、安田に舌打ちをされて押し倒された。
頭を強か打って眉を寄せる。
「いい加減、俺のこと考えてくれました?」
先程と少しだけ言葉を変えて言う安田に、ようやく彼の言っている意味が分かった。
所謂床ドンの体制だ。
出来れば、自分がされる側じゃなくてする側で体験してみたかった。
首筋を撫でられ、思わず身をよじる。
お互いに大して酔ってないことは普段の飲み方から分かっている。
「いや、ちょっ、は!?」
慌てて、もはやまともに言葉が出てこない。
そのまま体をまさぐられる。
何がおきてるのか理解したくないし、数秒前までそんなそぶりは無かったはずだ。
ただ、空気が読めない自覚はあるのでどこかで安田の地雷を踏み抜いたのかもしれないけれど。
安田の手は、首筋を撫で、そのまま脇腹を触られる。
殴り飛ばす選択肢は無かった。
というか、あれは漫画の中だけのことだ。
普通のオタクは人を殴った経験がないのだから、こういう時にどう殴ったらいいのかも分からない。
はあ、はあ、という安田の息遣いだけが聞こえる。
二人とも会話は無かった。
ただ、俺は呆然と安田を見ていたし、安田は座った目でこちらを見ているだけだった。
安田が俺の下肢に触れる。
思わずギクリと固まって腰を引こうとする。
安田は面白そうににやりと笑った。
「坂巻さん、反応してるじゃないですか?
普通、好きでもない人間に触られてこんな風になりますか?」
服の上から握り込みながら安田は言う。
「は?体が反応すれば恋してるんなら、俺はユメちゃんにもミミちゃんにも恋してることになるだろ。」
二次元オカズに白飯が食える人間を、舐めないで欲しい。
それに、恋愛って、なんていうか、そういうのと違っていて欲しい。
睨み付ける俺に、安田はきょとんと場違いな表情をして、それから大声で笑った。
このアパートは壁が薄いのだ。近所迷惑は止めて欲しい。
笑ったまま、安田は俺の横からどいたので、もそもそと体を起こす。
「済みませんでした。やりすぎでした。」
笑いすぎで滲んだ涙を拭きながら安田は言った。
それから、俺の顔の近くまで顔を寄せて、耳元で
「でも、そろそろ本気で考えてくれませんか?俺のこと。」
と言った。
「ぞわっとした。鳥肌立つだろ。」
「えー、そこはドキドキしてもらわないと。」
耳から広がったぞわぞわが指先まで広がった気がして、思わず腕をこする。
安田は相変わらず穏やかに笑っていて、先程までの様子とはまるで違っていた。
けれど、取り消すつもりも、きちんと謝るつもりもないらしい。
だからといって、これ以上蒸し返すつもりもないらしく、残っていた缶ビールに口をつけていた。
それより、この体の状況どうすればいいんだよ……。
「とりあえず、風呂入ってくる。」
逃げ出した俺に、安田は別に気にした様子も無くテレビをつけていた。
その日の夜、自分で持ち込んだ布団で眠る安田の横で、一晩中、奴のことばかり考えてしまったことについて認めないといけない部分もあるのかもしれない。