“王様”といっても王様は王族では無い。
ただ、この学園でそう呼ばれているだけだ。
ただし、貴族であるのは間違いないし、在籍している王族ですら王様のことを王様と呼んでいる。
彼がこの学園の王様であるということは事実だった。
その王様がパートナーを選んだということで最初は大騒ぎだった。
そして、自分をみて、凡庸さに拍子抜けしているようだった。
それから、きっと自分は猫の様なペットか使い魔が1匹増えた位のものだと周りは思うようになった気がする。
やっかみを受けることが全くないとは言わないけれど、基本的にはいないものの様に扱われた。
まあ、どう扱ったらいいのか周りも戸惑っていたのだと思う。
実際、魔法戦実習は王様が一人で何とかしていて、自分は空気以下の存在だった。
基本的な授業は入学年ごとに別なので一緒にはならないから普通より少し下の成績で過ごしているが、魔法戦実習などのパートナーごとの実習は軒並みトップの成績で教師も困惑気味だった。
だが、それだけだった。
王様は自分を本当の使い魔の様に連れ歩いたりはしなかったし、友人の様に外で話をすることもなかった。
王様は、ただ夜、自分の歌声が聞ければ、それで充分だったろうし、それ以外の自分に興味は無かったのだと思う。
実際、一人になった今でもそう思っている。
◆
それは、学園内の生徒が神子に選ばれたという知らせが全校に伝えられたのが始まりだった。
終わりの始まりのことを始まりと表現するのが正しいことなのかは分からない。
その生徒は貴族の出身であるものの目立たない生徒だったらしい。
事実、自分もその名前を初めて見たし容貌に覚えもなかった。
といっても、神子に選ばれたものは髪も瞳も金に染まるのだ。
元の彼を見たことがあっても判別がついたのかは怪しかった。
神子といっても、特に何をするという訳では無い。
神に愛された、そういう人間が時々この世界に現われる。それだけだ。
何か世界を導く義務のようなものがあるわけでなく、神官として神に仕えなければならない訳でもない。
ただ、神に愛されたその人は、魔法の質が変わるのだ。
神に力を借りて行使されるその術は神子にしか使えない。
神に愛された証拠の容貌とその能力、周りの彼を見る目が変わったのは想像に難くない。
その神子を、ある日王様が部屋に連れてきたときには驚いた。
その目は輝いていて、神子に興味を持っていることがありありと分かった。
「歌って?」
最初は自分に言われているのだと思った。
王様に人前で歌えと言われたのは初めてだった。
しかし、違った。
王様が歌ってほしいと願ったのは自分では無い。
神子は一瞬視線を彷徨わせて、それから口を開いた。
その声は美しかった。
透明な歌声は、静かに部屋に響いた。
まるで空気の細かく揺れる振動が肌に触れているようだった。
その声には、術がかかっている様でこの場が澄んでいくいくのが分かる。
神に愛されるというのはこういう事かと呆然と見つめていた。
「どうだ、すごいだろ?」
神子が歌い終わると王様が自分に聞いた。
ああ、そういう事かと思った。
声を出さずに頷く。
それから、二人を見た。
選ばれた人間と、自分のように何も持っていない人間。あまりにも違うなとしか思えなかった。
「パートナーは解消ということですよね。」
自分の口からは酷く平坦で冷静な声が出たのには自分でも驚いた。
「俺はどちらでもいいが。」
そう言いながら、王様はチラリと神子見た。
神子は困ったような笑顔を浮かべていた。
王様のことを知らない生徒はこの学園にはいない。
という事は、王様がパートナーを持ったという事実を知らない生徒もいないのだ。
「手続きはすぐしますから、とりあえず荷物は明日運び出します。」
いたたまれなくなって、まくし立てるみたいにそう言って、慌てて部屋を出た。
まず、新しい自分の部屋を準備しなくてはならない。
本当は手続きに行かなくてはいけないのに、足はとにかく人のいない方へ、いない方へと目指していた。
だって、当たり前なのだ。
気まぐれのようなものでパートナーになった自分と本当の意味で美しい声を持った神子。どちらを選ぶかなんて自明の理だ。
けれども、頭の中は真っ白で何も考えられなかった。