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今日作った煮物と、お土産にと持たされた色々な料理を持って帰途につく。
玄関の扉をあけるとそこに金色の目が光っている。

「ただいま帰りました。明り位つけませんか?」
「我は夜目がきくから必要ない。」
「俺は何も見えないので、明りつけますよ?」

入口にあるスイッチを入れる。
電気は通っていないはずなのだが、何故かスイッチを入れると明りがつく。
おそらく時雨様が俺のために準備をしていてくれたのであろう。
そういう心遣いがひどく嬉しい。

「今日は煮物を練習してきました。」

風呂敷包みを持ち上げながら時雨様に言った。

「狼の所へ行っていたのか。」
「はい、お子さんたちも元気いっぱいで、もこもこのふわふわで可愛かったですよ。」

貰ってきたおかずを食卓に並べながら説明をする。

「今日はお帰り早かったんですね。」

嬉しくなってついそう口から出た。

「ああ。」

短く時雨様が答える。
時雨様は、俺の作った大して上手では無い煮物を残さず食べて下さった。
今日だけでは無い、いつもそうだ、彼はとても優しい。

食器を台所で洗い、お茶を盆に乗せ、時雨様を探す。
いつも食事を取っている茶の間にはおらず、家をキョロキョロと見回すと、縁側に彼はいた。

時雨様の隣に座りお茶を差し出す。
基本的に時雨様は表情が殆ど変わる事は無いし、あまりお喋りな方でも無い。

二人で無言のまま、庭を眺める。
時雨様を見ようと視線をそちらに向けると目が合う。
先ほどから見られていたようだ。恥ずかしさから赤くなり下を向く。
すると、時雨様は俺の髪の毛を撫でる。

恐らく俺は時雨様に嫌われてはいないと思う。
では、何故。何故、俺達は“本当の”夫婦になれていないんだろう。

「何故、時雨様は俺に触れてはくれないのでしょうか。」

声に出して言ってしまった後、心底後悔した。
俺はなんて事を言っているんだ。
羞恥と村を救うためという人間側の都合で“嫁入り”を果たしてしまったのに、時雨様に何かを求めるという身勝手さに自己嫌悪に陥る。

何も言わない時雨様に、恐る恐る顔を上げて表情を窺う。
いつも以上に表情の抜け落ちたその顔が俺を見ている。

「我の母も“お嫁入り”で神域に連れてこられた人間だった。」

突然の話が代わり面食らうが黙って聞く事にして、時雨様を見る。

「我の父も当然蛙神だった。ただ、我の母はその醜い姿に嫌悪感しか抱け無かったようだ。
だがな、我の父はどうしても母が欲しかった。
そこで、無理矢理母を犯して我を作った。
母の心はその最中に徐々に壊れていったらしい。
生まれてきた我を見て発狂したと聞いている。」

俺が絶句する中、詰まる訳でもなく流れるように話す時雨様の表情は今まで見た事のないような笑顔で、目には狂気が爛々と宿っていた。

今までの俺の感情というのはむしろ憧れのような物だったのかも知れない。
ドクドクという心臓を抑えながらそう思う。

だって、今こんなにも時雨様が愛おしい。

その気持ちが抑えきれなくなって、目の前の愛おしい人をぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫、俺は大丈夫なんですよ。時雨様の事を愛しているから。」

そう言いながら抱きしめる腕の力を強め、時雨様の顔を見上げた。
すると、心底驚いた表情をしていた。
ああ、そんな顔もできるのか。初めて見る表情に気分がとても良くなる。

「俺に対してそんな気が起こらないから触れてくれないのだと思っていました。」
「そ、そんなことがあるはずか無い。お前は本当に可愛い。」

ムキになったように時雨様は言った。

「それじゃあ、あの……。」

抱いてくださいなんて、男の俺がはっきり言えるはずもなく、真っ赤になりながら時雨様の胸板に顔をすりつける。
ゴクリと時雨様の喉が鳴った気がした。

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蛙の性質をもつ時雨様はとにかくしつこかった。
蛙のそういった行為がこんなにも長時間に及ぶという事を知らなかった俺はただただ翻弄され続けるだけだった。
誰か教えておいてくれれば、と良くわからない八つ当たりをしてしまう。

今はだるすぎる腰に起き上れず寝ている。

でも、心はとても、とても幸せだ。

「ああ、起きたか。」
「はい。」

心配したように時雨様が近寄ってくる。

「その昨日は……。」

時雨様が言いづらそうにするなんて珍しい。
ふわっと笑うと

「とても幸せでした。また、しましょうね。」

と口から出ていた。
昨日声を出し過ぎた所為で声はひどくかすれていた。
恥ずかしさに布団にもぐり込むと

「本当に由高は可愛い。」

と言って、時雨様が笑う気配がした。

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