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時雨様のところへ“お嫁入り”をしてしばらく経ってようやくこちらの生活にも慣れた。
最初のうちは、俺自身が神域であるこちらの世界になれることができず、お社とこちらを行き来していた。
文字通り空気が合わないというか、体の作り変えには時間がかかるらしく、こちらにいると息苦しく、喘息のような症状が出てしまっていた。

体調的には苦しくはあったが、二度と会えないと覚悟をしていた両親ともまた会うこともできたのでそれはそれで良かった。

宮司となった彼方とは手紙の交換をしている。
自分自身ではあれからさほどたっていない感覚であるが、時の流れがあちらとこちらでは違うため、すでに彼方は成人したらしい。
懐かしさと少しの寂しさを感じながら彼方からの手紙を眺めた。

感傷的になっても仕方がないと、手紙をしまうと料理を習う約束になっている隣の家へ向かう。
ただ、隣といってもかなり距離がある。
時雨様の屋敷は集落のはずれにひっそりと建っているので仕方がないことだ。

しばらく歩いて、隣の狼の神様の家に着いた。
引き戸を開けて声をかけると中から一人の青年が出てきた。
首元に白い花の模様がある、男前の美青年だ。

この人が隣家の神様の“お嫁様”の轟さんだ。
轟さんは今からかなり前に生贄としてこちらへ来たそうだ。
こちらへ来た人間のほとんどが女性という中男同士であることと隣同士ということで仲良くさせてもらっている。

かなり急にこちらへ来ることが決まってしまい、釜戸など、電化製品など無いこちらの世界での生活様式になれない俺に、一から家事などを轟さんは教えてくれる。

「母さま、お客様ですか!?」

奥から、声がしてとたとたと轟さんに走り寄る生き物は、見た目は正に子犬そのものだ。
灰色の体毛に覆われた、狼の子供達が轟さんに駆け寄る。
狼の神様と轟さんの子供だ。

男同士であるのにどのように子供を作るのかは分からないが、おそらく神としての奇跡のようなものがあるのであろうと結論づけている。

「あー!!由高(よしたか)だー。ねえ、遊んで!!」

尻尾をぶんぶん振りながら由高に近寄る子供達に轟さんが叱りつける。

「人を呼び捨てにしない!!」
「別に俺、気にしないので大丈夫ですよ。」
「由高君が気にしなくても躾上良くないの!!」

せっかくの美青年が台無しという肝っ玉かあちゃんモードで轟さんが子供達を叱るのを見て少し羨ましくなる。

―――うちは子供どころか……。

赤面しそうになりぶんぶんと首を振る。
考えるのはやめよう。

少し、子供たちと遊んでから、料理を教わった。
作った煮物は容器に詰めて持ち帰らせてもらうことになった。

少しお茶でもと言われ、断る理由は何も無いので轟さんと二人縁側に座ってお茶を飲む。
子供達は庭で丸くなって寝ている。
もこもこのふわふわでとてもかわいい。

「こちらでの生活には慣れましたか?」
「はい、おかげさまで。」

ニコリと微笑を浮かべながら轟さんは言った。

「何か心配事でもありますか?」

何でもお見通しということだろうか、それとも俺が分かりやすすぎるのであろうか。
黙っていても仕方が無いので、おずおずと口を開いた。

「あの、“お嫁様”というのはどの神様の場合でも、その轟さんのように本当の夫婦になるものなんですか?」

俺の質問に対して、轟さんは少し表情を曇らせて

「蛙神様がお嫌いですか?」

と聞いた。
俺はあわてて首を振った。

「嫌いなわけ無いですよ。……俺は彼の事が好きですから。」
「であれば、何も心配することは無いと思いますよ。寄り添っていれば、後は自ずと時間が解決してくれますよ。」

そう言って、轟さんは笑った。

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