愛を叫ぶ7

俺は電話口で樹に今俺が会社で置かれている状況、今日の会議であった事を一つ一つ説明していった。

「樹、歌ってくれないか。」
「俺にとって、ミヤさんの曲を歌わないっていう選択肢はありませんよ。」

俺の声は恥ずかしい位に小さかったのに対して、樹の声はいつも通りだった。

「分かってるのか!?俺はもう会社を辞めるつもりだから、デモテープから樹自身に歌って欲しいと思っている。
明日までに完成させないといけないから今日これから会社に来てもらう事になる。
自分がどんな目で周りから見られるか本当に分かっているのか?」

再度俺が聞くと、それでも樹はとても落ち着いた声で言った。

「分かっているつもりです。怖くないと言ったらウソになります。
でも、ミヤさんが俺を頼ってくれたのはこれが初めてなんです。」

俺はそれがとてもうれしい。消えそうな声でだけど、とても幸せそうに樹は言った。

何故だか、その時俺は樹に救われた。漠然とそう思った。
ああ、こいつを愛せて良かった。

その瞬間、主旋律が頭の中を駆け巡る。
俺が作ったゲームのメロディーをバックグラウンドに全然別のメロディ混ざりながらアンサンブルを奏でる。

これだと思った。
これしかないと思った。

仕事帰りに待ち合わせをした事があるため樹は俺の会社の場所を知っていた。
できればなるべく早く来てほしい事を伝えて自分の仕事スペースへと向かった。

フロアに入ると橋本さんが駆け寄ってきた。

「ちょっ、宮本!!確認のためにミヤヴィの動画見たんだけどあの声って、宮本だよな?」
「……そうですね。」

俺が返すと橋本さんは少し考えるようなそぶりを見せた後

「宮本の所にオファーは来てなかったって事だな。」

と言った。
俺はそれには答えず

「もう一人、“ヴィー”の了解は取りました。今日これからここに来てデモテープ作るのでよろしくお願いします。」

驚く橋本さんに、俺は、急いでいるのでと言うと自分の席に戻った。

先ほど頭にあった旋律を次々に入力していく。
もう頭の中で曲は出来上がっている。
後はそれを形にするだけだ。
ひたすら画面に向かって音を、樹の為の曲を作り上げていった。

どれだけたっただろう。
昼飯も食べずただひたすら作業を続けていると肩を強く叩かれた。

振りかえると橋本さんと樹がそこにいた。

「宮本、迎え位行ってやれ。今お前を訪ねに男が来たらどういう視線にさらされるか分かってない訳じゃないだろう。」
「あ、あの。本当に大丈夫ですから。お気になさらずに。」

樹が橋本さんに言う。マジ樹こんな時にも気を使って。ホント天使だよな。

「宮本がそんな表情するの初めて見たわ。」

面白いもん見れたな。笑いながら橋本さんは言った。
そりゃあ、好きな人のには別の表情するでしょう、誰だって。
言い返すのも面倒で樹に話しかけた。

「曲は主旋律の所はできてるんだ。そこまでの部分プレイヤーに落とすから覚えて。
歌詞は楽譜印刷するからそれ見て。
覚えたら歌録るから。」

ここまで進めた曲のデータをプレイヤーに落とす。楽譜データも印刷をかけ樹に渡した。
伴奏の部分がまだ作りこめて無いので、橋本さんに応接室に案内してもらってそこで練習するように伝え作業に戻った。

「ミヤさんの曲楽しみにしてます。」

橋本さんに連れられて行く直前樹はそう言ってふわりと笑った。
絶対にいい曲にしなければなと思った。

それからさらに数時間、何とか曲は形になった。これから歌を録音してそれをミキシングする。それを考えるとかなりギリギリの時間だ。

樹を呼びに行くと、一人でひたすら練習を繰り返していたようだった。
俺に気がついた樹は

「ミヤさん、これ。ほぼ俺が歌ってミヤさんコーラス中心って事ですよね?いいんですか?」
「ああ、そうだよ。きっといい曲に仕上がる。」

二人で録音用のブースに向かう。狭いながら音録りの為の録音ブースがこの会社にはあった。と言っても声優さんの録音は専用のスタジオで行う事がほとんどの為使われる事は今はめったにないのだが。

樹が歌い始めるのを機材に向かいながら見つめる。
歌声を聞いた瞬間ゾクリとセックスの最中のような高揚感が背中を伝った。

この短時間でここまで歌いこなすのか。
樹の声に包まれるような感覚になりながら思った。

自然と口角が上がる。

樹が俺の為にここまでしてくれるとは思わなかった。
所詮は若気の至りで片づけられてしまう感情なのかも知れないと思っていた。

だからこそ、怖くて樹に不安をぶつけた。
でも違うのだ。樹は俺を愛してくれている。

それが歌声に乗って俺に届く。
優越感とも、執着心とも違う穏やかなそれでいて甘い感情がジワリジワリと湧き上がる。
樹が歌い終わるまで身じろぎひとつできなかった。
それほど彼の歌には力があった。

曲が終わると何の反応もない俺に心配して樹がブースから出てきた。
心配そうに見上げるその瞳を見ると高ぶった感情からジワリと涙がにじんだ。

「ありがとう。俺の為に歌ってくれて。俺を愛してくれて。」

年の差とか環境の違いとか、男同士だとかそんな事は全部、全部大した事じゃなくて、ただただ感謝とそれから愛おしい気持ちで一杯だった。