5-2

次の日も、その次の日も数本張り付いた糸を取った。
10分ほどで終わるその作業の後、五十嵐君に引き止められるようになった。

小西先輩は五十嵐君との時間を取られる格好となって嫌がるだろうと思っていたが、そんな事は無かった。あくまでも表面上の事だが。

五十嵐君の言うオーラを俺の家では縁と呼んでいる事、それが糸で見えること、あとは学校での些細な事、そんな事を話した。

五十嵐君は転校して以来、碌にまともな話ができなかったので、俺と小西先輩とこうやって話せて嬉しいと泣きそうな顔で笑っていた。

泣きそうな顔をしているのに五十嵐君はとても可愛らしかった。
毎日30分ほど話して自室へ戻る、その繰り返しで週末になった。

金曜の夜、小西先輩からメールが来た。

【糸の事で話があるから土曜日何時でもいいので部屋に来てほしい。】

簡潔に書かれたメールに自嘲気味な笑みが漏れる。
もし相手が五十嵐君だったら、絵文字モリモリの可愛らしいメールになるのだろうか等ととんでもない事を考えてしまい首を振った。

机の引き出しから鋏を取り出しそっと触れる。

【わかりました。10時にお伺いします。】

そうメールを返信して鋏に指を通した。
2、3度シャキンシャキンと空を切る。

恐らく、明日呼ばれたのは糸を切って欲しいという話をするためだろう。
それ以外に理由はない。
糸以外に、俺とあの人を繋ぐもの等無いのだ。

銀色の鋏は父から送られたもので、一般に売っている文具の鋏より重厚なつくりをしている。
明日、初めて使う。

糸を切ったことはある。
ただ、それはあくまで父の仕事の手伝いとしてで、自分の判断のみで切るのは、これが初めてだ。

次に帰省した時に、きっと家族には酷く怒られるだろう。
だけど、それでも、切ってしまえばいいのだ、と思っている自分がいるのも確かだった。
鋏を机の上において、ベッドに入った。

その日の夜はあまり眠れなかった。

眠い目をこすりながら起き上がる。
冷たい水で顔を洗い、無理矢理朝食を胃に押し込んだ。

その後、そのまま持ち歩く訳にもいかない為、鋏を適当なカバンにしまう。
10時少し前、重い足取りで小西先輩の部屋へと向かった。

インターフォンを押すと待ち構えた様に小西先輩が出迎えた。
五十嵐君と何度も入ったリビングに通される。

いつもは五十嵐君が座っているソファーに座ると向かいに小西先輩が座った。

「なあ、亘理俊介。お前本当にこの糸に何の意味もないって思ってるのか?」
「……そうですね。」

名前を呼ばれたことに少しだけ驚いた。
だが、何を確認されているのか分からなかった。

五十嵐君に絡んだ糸を取ったことで、何か疑念がわいているのだろうか。

「じゃあ、なんでお前今まで糸を切らなかった。」
「それは……。」
「切りたく無かったのか?」

確信をつく様に言われ、思わず息をのむ。

「そういうことじゃない!別に意味の無いものだから必要がなかっただけだ!!」

思わず語気を荒げ、怒鳴るように言ってしまった後になって、ハッと我に返る。
居た堪れなくなって、小西先輩から視線をそらすと、長い長い溜息が聞こえた。

「糸、切っちゃってくれないかな?」

その声は二人きりの部屋にとても大きく響いた気がした。
唾を飲み込んで「わかりました。」それだけ答える。

今日は、そのために来たのだ。
分かっていた筈だ、最初から。

彼はこの糸が誰かと繋がっている事を嫌がっていた。

最後になるだろう感触を確認するために、自分の指から伸びる糸にそっと触れた。

鞄から、鋏を取り出した。
小刻みに震える指は、気にしないことにした。

――シャキン

軽い音と共に、糸は真っ二つに切れた。

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