3-2

糸は4階にある部屋へと続いていた。
ドアの右横にある入居者の名前を確認する。

山田正治、亘理俊介と書かれたプレートを見たが知っている名前では無かった。
この二人のうちどちらかの指と俺の指は繋がっているのだろうか。

口はカラカラに乾いていた。
落ちつこうとゴクリと唾を飲みこみ、インターフォンをそっと押した。

朝早すぎる時間で迷惑をかけるかも知れないという事はその時頭には無かった。

暫く待つと、そっとドアが開いて訝しげに外を見ようとする瞳と目があった。
その人物に驚く。

俺がこの糸の先を探すきっかけになった、縁結び神社とやらの息子だったからだ。
だが、こいつでは無い。

最初に職員室であった時にも、その後説明を受けた時にも糸の相手では無かった。
それはしっかり見た。

胸騒ぎがした。
嫌な予感がして、無理矢理部屋に入ろうとする。

きっとこの糸はこいつの同室者に繋がっている。なら、何故言わなかったのか。
イライラする。

「ねえ、入ってもいい?」

言葉だけ取ればいつもと変わらなかったものの、出た声は酷く低い。

「会計様、何故朝っぱらからこんなところに?」

分かっているはずなのに、こいつはトボケた事言っている。

「いいから、通せ。」

脅した様な、いや”様な”はおかしい。事実、俺は脅している。
睨みつけ、僅かな隙間から、即こいつの胸元をドアに打ちつけるようにこちらへ引っ張る。
ゴンという鈍い音がした。

「……分かりました。問題だけは起こさないでください。」

暫くの無言の後、絞り出すような声で中に通された。

通された先には左右対称に二つのドアがあった。
俺の指から垂れる、糸は左側の部屋から出ていた。

しかし、そのドアからはもう一本別の糸が伸びていた。
誰か来ているという事だろうか。
それを確認しようと、後ろから来た男に聞こうとして、目を見張った。

もう一本の糸、俺と繋がっていない方の糸はこいつに繋がっていたのだ。

「来客が君の“運命の相手”?」
「は?……ああ、まあ。」

歯切れが悪い。
こいつは、あんな風に俺に説明しておきながら、自分の運命の相手に特別な感情でも抱いているって事か?
俺と同じ位滑稽で、いっそ笑えてくる。

どちらにしろ、顔を見ない事には始まらない。
待たせてもらおうとすると、反対側のドア、右側から一人の男が出てきた。

「亘理、おはよう。って会計様!?えっ!?なんだこれドッキリか?」

亘理、こいつはそんな名前だったのかと思う。

どういう事だ?
この男は亘理が居る事になれている。だからと言って恋人同士の様な甘さは微塵も感じない。

こいつが同室者なのか。

「君、山田君?」
「はい。山田ですけど。え?マジで何で会計様ここにいるんですか!?」

ッチと舌打ちが聞こえた。
糸の垂れ下がる方、左側のドアを指さして山田とやらに訊ねた。

「こっちの部屋が亘理君の部屋?」
「はい。」

恋人が俺の“運命の相手”等と言うオチでは無いだろう。
待て、と止めるこいつを無視して、左側のドアを開けた。

部屋のドアノブに糸が引っ掛けられているのが見えた。

その先は、俺の糸の先に繋がっているのは―――。

亘理は長い長い溜息をついた後

「……ちょっと、出ませんか?」

と静かに訊ねた。

「その前に、一発殴らせて貰ってもいい?」

俺の問いかけに、亘理は困った様に笑った。

「殴るにしても、やっぱり寮より人の居ないところの方がいいでしょう。」

この時に見た笑顔が、こいつの亘理の始めての笑みだった事に腸の煮えくりかえった俺は気が付かなかった。

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