部屋に戻るろうかと一瞬思ったが、こいつをプライベートスペースに入れる気にはなれず、生徒会専用の温室へと向かった。
幸いな事に副会長もおらず、無言のまま付いてきた亘理に視線を投げる。
無表情でそこに居るこいつに、無性にイライラした。
視線を下げると1本だけの糸が俺の小指と亘理の小指に絡んでいる。
亘理は何も思わないのだろうか。ああ、思わないからずっとこうして普通にしてられるのか。
ならば何故、この事実を隠していたのか。
恐らく、亘理は糸に触れるというだけでなく、ある程度物理法則に則って糸をその辺に引っ掛けておく事が出来るのであろう。先ほどのドアノブに引っ掛けた様に。
「一つだけ聞きたいんだけど。俺とお前の糸が繋がっている事を隠した理由は?」
「……そうやって、逆上すると思ったからですよ。」
元々、酷く平坦な喋り方をする奴だと思っていたが、今回は、今まで以上に何の感情もこもっていない様に感じた。
それを言ったら、俺もいつもの喋り方が出来ていないのだが。
「上から物を言いやがって、ふざけんなよ。」
いつもの喋り方が出来ない。
隠されたからってなんだっていうんだと、頭の片隅にほんの少しだけ残った冷静な部分が言っている。
煮えたぎる頭で、亘理の顎のあたりを殴ろうとした。
亘理が身をすくめた為、当たったのは左の頬だった。
痛みに蹲るが、泣きもしないし、殴られた瞬間くぐもった声を出して以降、悲鳴すらあげやしない。
面白くない。
何が、と言われるとよく分からないけど。
「だから、……だから切りたいなら切りますって言ってるじゃないですか。」
吐き捨てる様に亘理は言った。
既に、赤くはれ始めた頬を、手で庇う様に当てながら、亘理は顔をしかめた。
「そんなに、嫌なのであれば切りますよ。所詮こんな糸に何の意味もないのだから。」
先日話をした時と同じ事を言い、亘理は立ち上がった。
それはまるで自分自身に言い聞かせている様な言い方で、強く印象に残った。
「切るとか、切らないとかそういう問題じゃねーだろ。」
じゃあ、どういう問題なのか。
あの子と繋がっていない糸等、切って欲しかったんじゃないのか。
自分でもおかしな事を言っている自覚はあった。
事実、亘理もポカーンとした表情で見上げている。
「兎に角、糸を切るかは俺が判断するから。」
後、俺と繋がってるってことを分からなくする小細工は要らない。そう付け加えた。
いざ、切るとなると、引っかかりを感じるとか、意味が分からない。
だが、きちんと気持ちを整理して、それからでも遅く無い。
こいつのペースに巻き込まれて、結論を急ぐ必要は無いのだ。
別に、この繋がりが惜しい等と思っているつもりは無い。
だから、だからこそ……。
「今度こそ隠している事はないよねぇ?」
「少なくとも糸については。」
「ならいいや。」
俺は戻るねぇといつもの口調で言って先に温室を出た。
残された、あいつが
「やっぱり、この糸には意味なんか何も無い。」
そう自嘲気味に言っていた事を俺は知らない。
3話了