愛をうたう2

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マイクをセットして、ヘッドホンを付ける。
ミヤさんと向かい合うようにして立ってスタンバイした。

僕が立っている方が歌いやすいという事でわざわざ準備をしてくれた。
ミヤさんの優しさにもっと、もっと好きになっていく。

『別に好きになるのは自由だろ?』

さっきミヤさんの言っていた言葉が脳裏によみがえる。
そうだよな、俺がミヤさんを好きでいる事は自由だよな。

なら、実際には絶対言えない気持ちをこの歌にのせよう。

ヘッドホンからは前奏が流れる。

まずはミヤさんのパート、次に俺のパートとかけ合いをするように曲は続いていく。
貴方の事を想う気持ちがメロディーにのってあふれ出ていく。

サビの部分は二人同時に歌うのだが、タイミングを合わせるため視線が絡まる。
見詰め合ったそのまま、声を出す。
まるで、合わさった歌声から俺の気持ちが通じているのではないか、そう錯覚してしまったとき目の前のミヤさんが、俺の腕を引いた。

何事かと慌てる。
だって、腕を引かれてよろけた俺はミヤさんの胸板にすがりつく形になってしまったんだから。

ミヤさんは無言のまま俺のあごを手で押さえると、そのまま顔を近づけてきた。
まさかの展開に脳みそが完全に追いついておらず、凍り付いてしまったように身体を動かすことが出来ない。

噛み付くようにキスをされ、口内に舌をねじ込まれる。

(え!?、何で、何で、何で!?)

頭の中が疑問符で一杯になる。
恥ずかしながらファーストキスもまだだった俺の衝撃がお分かりいただけるだろうか?

ヘッドホン越しに流れていた曲はとうの昔に終わっており、俺の口内を嘗め回す音が反響していて、もうどうにかなってしまいそうだ。
立っていられず、ずるずると崩れ落ちるのを追いかけるようにミヤさんがのしかかってきた。

「ん、ん~。」

あまりの状況に腕を突っ張ってミヤさんを引き離そうとするがびくともしない。
逆に押し倒された格好のまま、上あごをなめられ、ゾクリとした快感が駆け巡り、生理的な涙があふれる。

どれくらい時間がたっただろうか、唇は何となくはれぼったいし、目は涙で潤んでいる。ミヤさんは黙ったまま、俺のヘッドホンをはずした。

何でミヤさんはこんなことをしたんだろう。
今までまともに恋愛をしたこともない俺の気持ちは実はバレバレで、からかわれたんだろうか?

事実、ミヤさんは俺から視線をはずし、気まずそうにした後、一言「悪い。」と言った。

ああ、やっぱり、悪いと思ってしまうようなことを俺はされたと言うことか。
ショックで他に何も考えられず呆然としていると

「本当に済まない。男にキスされるなんて気持ち悪かったよな。」

と言われた。

「へ?」

思わず間抜けな声を出してしまった。

「俺の事からかったんじゃないんですか?」

恐る恐る俺が聞くと、ミヤさんは驚愕したように目を見開いた。

「からかったんじゃないよ。樹があんまりにもかわいくて……。いや、違うな、俺が樹のことが好きでたまらないから理性が振り切れてしまった。怖がらせるつもりはなかったんだ。」

押し倒されたままの格好で言われたその言葉を聞いて、俺は、じわじわと全身が熱くなる。

「ミヤさんも、ゲイなんですか?」
「まあ、そういうことになるね。『も』って聞くって事は樹もこちら側なんだね。」

コクリとうなずいて、もう一度ミヤさんを見る。
甘いという形容詞がぴったりの表情で俺を見るミヤさん。
その表情は今までのものと全然違って、ああ、これは俺の気持ちに気が付いていると言うことが分かった。

でも、自分の気持ちを生まれて初めて口にするのは怖かった。

「お、俺も、ミヤさんのこと好きです。」

だんだん、声が小さくなってしまったけど、至近距離にいたミヤさんにはきちんと聞こえたらしい。

「ほんと、たまんねーな。」

重低音で囁いた言葉に、僕は今でも恐らく赤い顔がもっと赤くなった事を自覚した。
恥ずかしくてたまらなくて、ミヤさんの胸元にすがりつく。
クスリと笑う音がした。

「なあ、もう一度キスしてもいいか?」
「あ、あの、初めてだったので俺あんまりキス上手くないと思いますけど、それでもいいなら。」

俺がミヤさんにすがりついたまま答えると、ミヤさんはあわてたように俺を引き剥がし、お互いに向き合って座った。

「本当にごめん。まさか初めてだとは思わなくて。改めて、キスしてもいいか。」

はいという返事の代わりに俺は静かにまぶたを閉じた。
すぐに、本当にやさしいキスと「好きだよ。」という世界で一番大好きな声が振ってきた。

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結局その日は録音どころではなく、後日改めて録ったその曲は今までで一番人気の曲となった。
ミヤさんは「二人の共同作業だから当然だろ?」と笑っていた。

END