蓼食う虫も好き好きと申しますが

「で、なんでまたこんな風になっているんだ?」

精霊様の力はすごかったあたり一帯の勢力図を塗り替えて、勲章を一体誰に渡すべきなのかという軍部のいざこざを巻き起こしつつこの場所での戦争を収めてしまった。

この国の周りではまだ火の手がいたるところにあるが、この戦線の有利な状態を使って後は大人達がどうにかするだろう。

俺の仕事は終わり。

友達も愛する人と学園に戻れる。

めでたしめでたしだ。

だから何故、軍の高級官僚向けの豪華な宿舎で精霊に押し倒されているのかが分からなかった。

一人学園の宿舎に戻って固すぎるパンをかじっている想定だったのだ。

軍部としてはこの精霊を手名付けたいのかもしれない。
契約の書き換えができる術者を呼び寄せているという話も聞いた。

それに反対する様子もなく飄々と過ごしていた様に見えた。

それが、どうしてこうなった。

「俺にもう、願いはない。」
「ハイ、そうでしょうねえ。」

ニコニコと笑いながら精霊は面白そうに俺を見下ろす。

精霊は救国の英雄になったのだ。
人間相手に何を楽しむにしたって俺よりもマシなやつをいくらでも選べる立場になっていること位、精霊だって知っている筈だ。

それなのに、精霊は俺を押し倒して面白そうに眺める。
それから、大して綺麗でも無い俺の足に舌を這わせる。

精霊はこういう、俺の嫌がることが大好きだ。

「や、めろ。」
「そういう割に気持ちよさそうですよ?」

足の指の股を丁寧に舐めながら精霊が言う。

腹が立つ位、この精霊は俺が嫌がることをよく見て観察している。

「体は快楽が大好きなのに、心は他の男のものになった友人の事ばかり考えているなんて最高だと思いませんか?」

精霊はそう言って、俺のつま先から足の付け根にかけて足を撫でる。
思わず、精霊の手を自分の手で、パシリと払った。

そんな事は初めてした。
今だって別にするつもりは無かった。

こいつの機嫌を損ねれば、一瞬で俺なんか殺されてしまうこと位ちゃんと分かっていたのにやってしまった。

「お前は、何を言っているんだ?」

寮の同室者の友人が義理の兄弟と恋をしあっているのは見ていて分かっている。
それと、俺がなんの関係があるというのか。

勘違いも甚だしい。

「おや? だって彼の事お好きなんでしょう?」

召喚した精霊に股を開くほどに。

ニヤニヤと笑った精霊は容姿が整っている所為かそれでも下卑た風には見えない。
同じことを前にも言われた気がする。

「彼にそういう感情は無いよ。」

彼は単なる友達だ。あの二人の事を心から祝福できる程度には。

「じゃあ、何故?」

何故、命がけだったかもしれない召喚に挑んだのか? 精霊は懲りずに俺を押し倒して首筋に、それから鎖骨にキスを落としながら聞く。

こいつの声は、それからしゃべり方はまるで歌っている様に聞こえる。

「腹が立ったから。」

魔法は別に好きじゃない。
だから対してやる気を持って学んでもいなかった。

魔法が好きではないのに、この国では適正のあるものは戦力として強制的に魔術を専門的に学ばされる。
それなのにも関わらず、才能のある友人の様な者が碌に訓練もつめないまま戦地に送られる。

そんな不条理をみて腹が立っただけだ。

俺はその自分の憤りにこいつを付き合わせただけなのだ。

その代償としてこれは軽すぎる位だと思う。

精霊が俺のへそを舐める。

そんなところが感じるとはこいつとこういう行為をするまで知らなかった。

「だから、お前ももう自由にしていいんだけど。」

当初の目的は果たした。
友人は彼の義理の兄弟が命を懸けて守るだろう。

「ああ、だから自由にさせてもらおうと。」

別れの話をしている筈なのに、精霊はそのまま俺の平べったい胸をまさぐって、それから俺の両の手を精霊の両手でベッドに押さえつけた。

こいつとキスをしたのはこれが初めてではない。

毎回、官能を無理矢理引き出す様なねっとりとした口づけを交わしている。

だから、こんな優しく触れて、口の中をそっと撫でられる様なキスは初めてだった。

「なんで、君はさっきアタシの手を払いのけたか分かるかい?」

唇を離した精霊に聞かれる。

「事実じゃなかったからだろ。」
「アタシが事実じゃない事を言う度、君がアタシの手を払いのけていたとでも?」

面白そうに笑いながら、精霊は行為を再開する。

「だから、もう俺に望みは無いから。」
「それはさっきも聞いたけど、だから、これからはこっちの好きにさせてもらうって言った筈だけど。」

人間は今言った事すら覚えていられない生き物なんですかねえ。
馬鹿にするように精霊が笑う。

「は?」

なんでしたい事をするがこれになるのか、精霊の思考がまるで分からない。

こいつの好きなものなんて、俺が無様な姿をさらすか、それを後で強烈に後悔する様を見せるか位しか知らない。

言葉のやり取りがちゃんとできているかさえも不安で、怪訝そうな顔で精霊を見ると、精霊は笑顔をたたえている。

「まさか、今まで少しも気が付いていなかったんですかあ?」

馬鹿にするように精霊に言われて驚く。
所謂、そういう事なのか?

は、はあああああああ?

ご遠慮願います。と小さく発した声は完全に無視をされる。

「え、ちょ、まっーー」

待ってくださいという言葉は、キスに飲み込まれて発音されなかった。

キスをしながら、精霊が甘ったるく目を細めたのを見て、ようやく事態の深刻さに気が付いた。

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