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竜王は恐らくこの目の前の青年は断るだろうと思っていた。
まあ、100年ぶりに誰かと会話が出来て自分がまだ狂い切っていない事を確認出来て良かったそんな気持ちだった。

「分かりました。」

相変わらず、感情の無い声で青年は返した。
分かりました、無理です。という意味だろうと竜王は思った。

青年は竜王の前まで行くと右手を水晶にかざした。
そこからは、ゆらゆらと漆黒が溢れてきた。

「闇魔法か……?」

ごく一部の素質のあるものにしか使う事が出来ないその魔法であるが、残念ながらこの結界を破るのは無理なようだ。

相変わらず青年は淡々と、今度は左手を水晶の前に差し出した。
今度は、空気の揺らめきとでも言おうか、不思議なものが手から湧きあがってきた。
さすがの竜王もこればかりは驚いた。

「よもや、『無』の魔法をこの目で見られるとはな……。」
「『無』で結界を一部無効化してそこから闇を流し込んで内部から結界を崩壊させます。反動があるかと思いますが耐えてください。」

そう言いながら青年は淡々と単純作業でもするように、結界を崩壊させた。
ひどい爆発とともに、竜王は自由の身となった。

爆風で舞い上がって服に付いた塵を払いながら竜王は、青年の前に一歩、また一歩と自分自身の歩みを確認するように進んで行った。

二人の視線が絡まった。

竜王は青年の頭を掴むように手を置き、無言のまま自分の記憶を流し込んだ。
青年も分かっていたようで静かに目を瞑りその時を待った。

流れ込んできたのは、こんな事になってしまった事への恨み、悲痛な叫び、たまに訪れる人間へ帰らないでくれという哀願、それ以外にはただひたすら狂ってしまいそうな孤独、ただそれだけだった。

それを青年は涙を流しながらではあるが耐えた。

目を見開きながら竜王は

「…耐えられるとは思っていなかった。」

と言った。

「僕も本当の孤独を知っていますから。」

青年はそう答えた。

「孤独というのは時間では無いんですよ。」

どこか遠くを見ながら青年は言った。

「……それで、協力して欲しい事というのは。」

約束は自分の名に掛けて守らなければならない。竜王は本題を切り出した。

「僕は『死者蘇生』の研究をしているのでそれに協力して欲しいのです。」

相変わらず声には感情が入らないが、竜王を見るその目は、狂気に揺れていた。

「ふっ、耐えられたのではなく、すでにお前も狂っているということか。」

竜王は言った。

「本当の孤独を知って、狂わない者等恐らく居ないのでしょう。」

青年は事もなげに答えた。

「そうか…。俺に出来ることであれば協力しよう。……ところでお前の名は?」

――橘です。

宝物を確認するように答えられた名前に、ああ、こいつはこんな声も出せるんだと本日3回目の驚きに竜王は笑みを深めた。

END

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