魔術師がいる前線は比較的マシだ。
移送最中に誰かが言った。
だから、ここはそれでもまだマシな場所なのかもしれない。
けれどその言葉を信じられない程度に、ここは地獄の様だった。
周りは自分と同い年位の者が多い。
大抵は自分と同じ、養子にとられたものだ。
そういう者を集めて投入された前線。それがここなのだろう。
まだ学生の者も多く、戦術を学んだことすらない人間も多い。
死ぬために前線に送られたんだ。悲壮感が漂う中、一番若いやつがそう言った。
帰ってきて何かを話されるより戦場で死んで美談になる方がいいという理屈は分かる。
「絶対に生き残ってやる。」
自分の口から出た言葉は、恨み言に似た響きになってしまった。
別に未来を諦めてしまった訳でも、誰かを恨んでいる訳でもない。
恨んでいるのなら、洗いざらい何もかもぶちまけてからここに来ている。
それが出来なかったことも自分でちゃんと分かっている。
別に告げてどうにかなる話ではない。
「どうせ、夜までは攻撃も無いだろ。今のうちに寝ておけ。」
隊長に言われて、ドロドロになっている毛布を体に巻いて目をつむる。
◆
形勢はここに来た時から最悪だった。
手紙を送ろうにも物資すら滞りがちなのだ。
それでもとペンをとる。宛先に思い浮かんだ相手を頭の中で消して、学園の同室者宛てに手紙を書いた。
部隊内で取りまとめた手紙を袋に入れて、兵站部の人間に押し付ける様に手渡す。
これが、きちんと届くかは分からない。
それでも外の普通の暮らしと繋がっていると思わないと自分が保てない事もまた事実だった。
この血の匂いと、土の匂いと、魔術の発火する独特の匂いが充満する世界が、普通の焼き立てのパンと日差しを浴びた布団の匂いと、それからあの人の付けていた香水の香りのある世界とつながっていることを確認しなければ、気持ちが折れてしまいそうだった。
だから、今日一日生き残ったことが分かると手紙を書いた。
届くかさえも怪しい、途中で握りつぶされるであろう手紙を書いている。
幸いだったのは昼間、日の高い時間帯に攻撃を受けることはほとんど無かったことだ。
手紙を書く灯りは自然のもので充分だった。
書きあがった手紙を見て、ため息を付いて、それから保存食のパンをかじる。
味の碌にしない硬いそれを無理矢理飲み込む。
もしも、もう一度。そんなセンチメンタルなことを考える様な柄でもないのに、最近は良く考える。
「ひでえ顔色。」
小隊で組んでいる男が自分にそんな声をかける。
そういう相手も血色が悪い。
「お前もな。」
ポジティブな話題は何もない。今日も生き残ったこと位だ。
それだって、もう何人も仲間を失っているのだ。
話しのネタにすることすらできない。
「恋人への手紙は書き終わったか?」
聞かれて思わずまじまじと相手の顔を見る。
「恋人なんて居やしませんよ。」
そう答えると「へえ。」とだけ返事をされる。
完全に信じていない顔だった。
実際宛先は寮の同室者で、色恋とは何も関係ない。
けれど、それを証明する方法なんて何もなくて「……少し休みます。」とだけ返しただけだった。