3(後)

 自分の力がそれほどとは知らない人間に見えた。

 駆け寄られ、抱き起される。

 こんなに強い人間が自分以外にいたことに驚く。

「君、すごいな。
魔法の研鑽方法を知りたいな。
是非、俺たちの勉強会で一緒に学ばないかい?
貴族ばかりだけれど、君にとってもきっと有意義なものになるよ。」

 負けたことは悔しかった。けれど、あまりの鮮やかさに賞賛する気持ちの方が大きくなる。
 ここまで術者本人から力を感じない事は珍しいけれど、何か技術があるのかもしれない。

「それとも、生徒会に推薦しようか。」

 この学園の生徒会のOBは政府にも沢山いて、卒業後の交流も盛んだ。
 けれど、激昂したように男は叫ぶ。

「なんで、そんなにまるで普通なんだよ。
今、あいつが居ないのに。あいつは戦争に行ったっていうのに。
……お前の代わりにあいつは戦場に行ったんだ。それなのに、お前はっ!」

 そう言うと、勝者であるはずの男は歯を食いしばる。

 そこで初めて目の前の男が誰かが分かった。
 そして、何を言っているのかにわかに信じがたかった。

 俺の代わりに戦場に行く筈の男なんて、一人しか知らない。

 義兄弟である彼を最後に見たのは、いつだったか。

 実家からは何も連絡は来ていない。貴族のうちに養子に入ったものは代わりに徴兵されるなんて噂を聞いたことはあったけれど、まさか……。

 けれど、決闘なんていう方法を取っていること。この場にあいつがいない事。

 それと、目の前の男の憎悪に染まった目を見ているとそれが嘘ではない事にようやく気が付かされる。

 何故、それを俺にと思う。随分仲が良かったのだろう。
 それこそ、こんなことをする程度には。

「お前が助けに行ってやればいいだろう?」

 完全に嫌味だ。けれど吐き出す様にあいつの友人は答えた。

「ずっとこれを使役するだけの力は、俺には無い。」

 悔しそうだった。
 当たり前だ。この男から感じられる力はこれほどの契約を成立することすら、ありえないのだ。
 先ほどだって、どうやって戦っていたか分からない位目の前の人間と、契約をしている精霊の間に力の差がありすぎる。

 身分不相応な精霊は召喚できないというのが世の中の常識だ。

 だから、この人間が、おそらくあいつの友達が、言っていることは正しいのだろう。

「それで、俺に何ができると?」
「さあ?
それでも、もしあいつを救いたいと思うなら、俺よりまだしも選択肢があるだろ?」

 せめて、アンタの所為で誰かが死ぬんだって伝えたかった。

 そう言われて、戦っている時よりも酷い衝撃を感じた気がした。
 あいつが、俺の所為で死ぬ?

「絶対に死なせはしない。」

 自分で思っていたよりも、恐ろしく低い声が出た。

「ああ。思っていたよりまともな人なんですね。」

 感慨深そうにあいつの友人が言う。
 その言葉を聞いて精霊が声をたてて笑う。
 
 普通、こんな風に精霊は笑いはしない。

 それに気が付いていないのか、目の前の男は、はあ、とため息をついただけだ。

「君ら学生ってやつだろ?
ご友人とやらは最前線。はいそうですかっていける訳がないだろ。」

 ケタケタと笑いながら精霊は言う。
 現実ってやつを教えてくれるんだろうかと思ったが次に精霊の紡いだ言葉は予想とは違っている。

「面白すぎる。
もう少しこっちにとどまって君たちが無様に奔走する姿を見てあげよう。」

 あいつの友人が目を細める。
 それは歓迎の意なのか、否定の意なのか計ることはできなかった。

「……選択肢は多い方がいい。」

 目の前の男はそれだけ言った。
 精霊は満足げに笑みを深めるのに、そちらを見ていない男はその事実に気が付いていない。

 声をかけようとは思わなかった。
 精霊との力の差はそれこそ歴然としている。今は敵に回したくは無かった。

 自分の最優先になった目的のためにも、それ以外の事に関わるつもりは無い。

「まずは、あいつがどこに派遣されているのか早急に調べる。」

 あいつがどこにいるのかさえも分からない事に苛立つ。

「頼む。」

 あいつの友人が頭を下げた。そこまでするほど仲がいいのかと思うと、感情が波打つ。
 けれど、目の前のこの男が居なければ、恐らく親にもはぐらかされてあいつが今どんな状況か把握することすらできなかったのだ。

 だから、そんな自分の感情なんていうものは今はどうでもいい。

「何か分かったら、アンタにも伝えるから。」

 ただ、不甲斐なかった。だから、自分の中にあると気が付いてしまった感情に蓋をして答える。

 彼の後ろの精霊がニヤリと笑った気がした。

 それは俺の滑稽さを笑ったものなのか、それともそれ以外だったのかは分からない。
 けれど、笑われて当然の事をしでかしたのだ。

「決闘という方法を取ってしまってすみませんでした。」
「いや。受けて当然の醜聞だろう。」

 大切な人一人救ってやれない人間に対しては当たり前の評価だろう。
 けれど、まだ、間に合わないと決まった訳ではない。

だから、絶対に――。

 言葉出しても、仕方が無い。

 生徒たちがざわめいているのは気が付いているがどうでもよかった。

 ただ、ただあいつに会いたい。あいつの声が聞きたかった。

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