ああ、切ってしまった。
切れてしまった。
呆然と糸を見つめていると、糸は切れたところからシュルシュルと縮んでいき、おおよそ10㎝だけを残すだけになった。
小西先輩はそれをしげしげと眺めてから、満足そうにして、立ち上がって、一歩また一歩と俺の元に近づいてきた。
とてもじゃないが、ここでお礼を言われたら自分を保てる自信がない。
「それじゃあ、帰ります。」
早口で言って、立ち上がって小西先輩の脇を通って行こうとした。
が、腕を掴まれる。
頼むから、やめてくれ。
「離して、ください。」
小西先輩の方を向かずに、言った。
「いやだよ。だって離したら逃げるでしょ?」
そりゃあ逃げるよ。逃げるに決まってる。
振りほどこうとした俺を逆に引っ張って、反動でよろけた体はすっぽりと小西先輩の腕の中に納まった。
「好きだよ。亘理俊介、君の事が好きだ。」
至近距離で言われた言葉が、理解できなかった。
意味が分からない。
「だって、切ったじゃないか、その切れた糸を嬉しそうに見てたじゃないか!!」
「ああ、嬉しかったよ。糸と自分の気持ちが無関係だって証明できて。」
きっぱりと言い切った小西先輩を、思わず見上げた。
「だってお前、とてもその糸を気にしていたじゃないか。」
見下ろす小西先輩は、困ったように笑っていた。
「意味が無いって言いつつも、多分お前もこの糸に縛られていただろう。」
俺が佐紀と出会って、糸を取ってしまいたいと思ったのと同じくらい。小西先輩は笑顔を浮かべた。
「だから、この糸が繋がったまま、気持ちを言ったって、『糸に毒されたんですか?』って返されるのがオチだと思ったんだよ。」
だから、独断で切った。
真剣な表情に変わっていた。
「糸なんていう不確定なものに関係なく、お前の事が好きだよ。」
「……五十嵐君のことは?」
好きって言われた返しがこれとか、自分でも可愛げの欠片もないなと思う。
「好きだったよ。ちゃんと気持ち伝えて振られてケリはつけた。」
「……五十嵐君に振られたから俺ってことですか?」
ポツリと漏れた言葉は弱音だったのかもしれない。
「違うよ。」
小西先輩は俺の髪の毛をそっと撫でて、そこにそっと唇を落とした。
もう、限界だった。
目頭が熱くなったと思ったら、じわりじわりと涙が溢れてきて、決壊したようにボロボロとこぼれた。
小西先輩はどこか困ったように、けれども嬉しそうに袖口で俺の涙をぬぐった。
「ずっと、ずっと、好き、でした。」
嗚咽に紛れてそれだけ伝えると頭をなでる手が一層優しくなった気がした。
「ねえ、触ってもいい?」
俺の顎を持ち上げて、見つめ合う様な恰好にされて言われる。
おずおずと頷くと、付け加える様に
「全身を。」
言われて、その意味を反芻した。
あわあわと口を開けたり閉じたりしていると「なんだ、お前可愛いところあるじゃん。」と笑われた。
「ねえ、いい?」
確認するように、もう一度聞かれた。
俺を見下ろすその瞳は完全に男としてのもので。
ゴクリと唾を飲み込んだ後「……いいですよ。」と声をかけた。
それは、ほとんど虚勢みたいなもので、ほんの少しだけ期待を含んだ言葉だった。
アンタはきっと、その言葉の奥にあるいろんなものを正しく理解してくれたと思う。
そっと唇をなぞられてから触れ合う唇がとても柔らかくて、面映ゆい気持ちになった。
唇を離して、視線が合ってようやく実感できて、また一筋涙が溢れた。