同じ月を見ている

ここのところ仕事で忙しくて、恋人と碌に顔を合わせてもいない。

今日だって、仕事が終わったのは午後の十時過ぎで、それからコンビニによって家に帰るのだ。

お互いに男同士なのもあってトークアプリを使ってのメッセージのやり取りはあまりしていない。

あいつだって繁忙期だという事を知っている。

明日も朝から仕事だ。

会ったところで彼の寝る時間を奪ってしまうだけなのだ。

疲れた。
足が重たい気がする。

それでも、とぼとぼと家へと向かっていると久しぶりにスマートフォンが鳴る。
スーツのポケットを探って取り出す。

相手の名前はよく見ていなかった。

「よう」

一番大好きな声が聞こえて、思わず足を止める。

「こんばんは。どーした?」

何かあったか? と聞くと恋人の声は一瞬詰まる。
それから、あーと呻いた後。

「空、月が出いて綺麗だったから」

そう言った。
思わず空を見上げると、まんまるな月がぽっかりと空に浮かんでいる。

少し黄色くて、白くてまんまるだ。

「なんか、美味しそうだな」

ふはっ、電話口で恋人の笑う声が聞こえる。

同じ月を見上げて、感情を共有している。
それが少し嬉しい。

ぼんやりと月を見上げてスマートフォンを耳に押し当てて、ダラダラと歩く。

仕事にはやりがいがあるし、充実もしている。

だけど、なんだか月を見上げているとたまらなくなってしまう。

自宅のアパートまであと数メートルのところで思わず「寂しい」と呟いてしまう。

小声で言った筈なのに、その声は聞こえてしまっていたみたいだ。

「『俺も』」

スマートフォンのスピーカーと同時に、目の前から同じ声が聞こえる。

「悪い。勝手におしかけてた」

恋人に言われて、一瞬涙が滲みそうになる。
別に喧嘩をしていたわけでもなんでもない。

だから、多分嬉しかったというだけで涙が出そうになってしまう。

ぐっとこらえて「俺、今日は後は寝るだけだぞ」と伝える。

「じゃあ、俺も隣で寝かせて」

お互いに疲れている。
嬉しいのに、会話するのも億劫で、ぽつりぽつりと言葉を交わすだけになる。

コンビニで買った夕食を食べて交代でシャワーを浴びる。
それから小さな布団に並んで横になった。

おやすみなさいと言おうと横を見ると、恋人はもう眠ってしまっている。

ああ、こんなに疲れているのに態々俺の家に来たのかと、胸のあたりが締め付けられる様になる。
俺も電話の一本も入れればよかったのかもしれない。

だけど、久しぶりに感じる恋人の体温に一気に眠くなってしまう。

そっと手を握ってそれから目を閉じる。
ふわふわとしながら、明日ちゃんと来てくれてありがとうと伝えようと思った。