あの新人ゲイなんだってさ。
同僚に下卑た表情で言われ、思わず視線をその新人に送ってしまう。
染めた事もなさそうな黒髪が艶やかで白い首筋が見える。
着ているスーツもごく普通のもので何故同僚がそんな風に言うのか分からなかった。
ただ、その新人の佇まいがものすごく好みで、もし本当にゲイなのであったらさぞかしモテるだろうと思った。
そんな風に考えてしまうのは俺がゲイだからなのかもしれない。
だから、あの新人について興味本位で何故ゲイだと思われているのかなんて聞くつもりも無かった。
あの赤い跡を見てしまうまでは。
◆
新人の左腕にうっすらと残る赤い線の様なものを見つけてしまったのは、ほぼ偶然だった。
顧客ごとのファイルの整理を任された新人と過去の契約書を確認しに来た俺。
腕まくりをする新人の腕に残っている跡はまるで紐の様なものを強く押し当てた様なもので、一部こぶの様な跡もある。
実のところこういう跡には思い当たる節があった。
けれど、それほど上手くは無い跡にイライラした。
ああ、これは実際そうなのかは置いておいて、噂は立つだろう。
新人のうかつさを見せられてなんとなく、何がどうなって同僚が下卑た噂話をしたのかが分かる様な気がした。
だからといって、普段であれば関わらない。
私生活はそれなりに心地よいコミュニティの中にいるし、リスクを侵す必要があるとは思えなかった。
だからこれは、ただ、新人の真っ白な腕に残る上手くも無い縄の跡にイラついてしまっただけの愚かしい行為だ。
そもそもなんで腕のその部分に結び目の跡がつくのか。それが所謂、緊縛の跡だと分かる程度には人を縛るという行為が好きだった。
しかも少しだけその赤を美しいと思ってしまった馬鹿な自分への戒めの様な気持ちもある。
「なあ、その跡隠しておいたほうがいいやつじゃないのか?」
自分に必要な顧客ファイルを取り出してから新人に声をかけた。
ちらりとみえてしまっている跡と同じ部分の自分の腕をとんとんと指しながら新人を見ると、じわりと首の辺りから彼の真っ白な肌が紅潮して色づいていく。
それを、ああ美しいと思ってしまった。
薄桃色に色づく肌に真っ赤な荒縄を食い込ませたらどんなに映えるだろうと考えてしまったところで「あ、あの……。」と新人に声をかけられる。
まるで自分の妄想の一部を覗き込まれたと一瞬錯覚をおこす。
「とにかくちゃんと隠しておけ。」
これ以上は禄でもないことを口走ってしまいそうで慌ててそれだけ言うと急いでその場から逃げ出した。
了
(自分用の覚え:これ自縛ネタです
当て馬は出てこない)