別に趣味って程入れ込んでいるわけではないし、それほど蘊蓄がある訳ではない。
でも、時々『陶芸祭り』みたいな催事に出かけては、ちょっといいなっていう器を購入して一人で楽しむみたいなことを繰り返していただけだ。
一人で綺麗な器を見ていればそれで充分だったし、コレクターって程の情熱も多分無い。
だから、趣味の友人なんてものは作るつもりは無かったし、そもそもそういう発想も無かった。
「見てくださいよ、この艶、この手触り!!」
目の前で興奮気味に話す男の手にあるのは小さなお猪口だ。
確かに彼の言う通り、お猪口はとても美しい。
色も、朝焼けの海の様ななんともいえない不思議な色をたたえてるそれは、糸山と名乗った男のお気に入りらしくとてもご機嫌に見える。
平均よりかなり大きめの体躯にちょこんとのったお猪口をぼんやりと眺めながら今日の午前中の出来事を思い出す。
◆
久しぶりの骨董祭りだった。
青空の下、仮設テントが並んでいるのを見るだけでテンションが上がる。
綺麗に、けれど雑然と並べられた器を見ながら小さな店を回っていく。
緑の美しい豆皿に目が入ったのはその時だった。
釉薬がこっくりとかかっていて、少しヒビが割れているところがキラキラと光っていてきれいだ。
なんという焼き物かは分からなかったけれど店主に聞けば教えてくれるだろう。
「「あの、これ。」」
完全にかぶってしまった声の方を見ると、横にもう一人男が立っていて俺と同じ器を指さしていた。
筋肉質な腕が伸びていて、そろりと俺の方を見た。
それから少し驚いた顔をしていた様に思う。
「ああ、それ大正時代のものだよ。蔵から出てきたもので、それが最後の一枚だ。」
俺の聞きたかった事には何も答えていなかったけれど、それよりも店主の言ったことは大問題だった。
「……あなたも、これを?」
仕方が無かった。あまり見ず知らずの他人と話す事は好きではないのだ。
けれど、ここで引いてしまったらこの美しい緑を手放すことになってしまう。
隣の男はしばらく逡巡した後「……この豆皿はやっぱりいいです。その代わり――」と、とてもまじめそうな顔をして言った。
その条件が骨董祭りが終わった後、この人のコレクションを見ることだった。
男同士ということと、どうしてもという気持ちで了承してしまった。
それで、この人の器コレクションを見ている。
どれも小さいものでそれでいて存在感のある楽しくて美しいものばかりを一つ一つ大切そうに説明してくれた。
「いやあ、もう運命だと思ったんすよ。」
お気に入りとは別の切子の徳利と猪口を出してくるとそこに日本酒を注いだ糸山が言う。
確かにあの緑は綺麗だった。
「本当に俺が譲ってもらってよかったんですか?」
糸山にたずねると、いかにも体育会系という感じというニカっとした笑顔を浮かべて「大丈夫、大丈夫。いいんですよ。」と言った。
俺は何も返せずに自分の手の中にある切子の猪口を見た。
並々と注がれた酒はコンビニで購入するものとは少し違って果物みたいで美味しい。
多分いいものなんだろうなってことが俺にも分かる。
同じ趣味の仲間だってことで奮発してくれたのかもしれない。
「良ければ、これからもこうやって器見せ合ったり、一緒に店回ったりしませんか?」
目を細めながら糸山に聞かれる。
別に一人で買い物をして、一人で購入した器を眺めるだけで楽しかったのだ。
けれど、何となくたまには誰かと出かけてもいい気がして思わず頷いてしまった。
酒の力もあったのかもしれない。
糸山は満足げに笑うと「もう一献いかがですか?」と聞いた
了