王様の小鳥は

また王様の興味が、新しい美しいものに移ってしまったらどうしよう。
そう思う事は時々ある。

世界には尊いもの、美しいものが沢山ある。
歌だって俺よりも美しい声が出せる人間の方が多分多い。
王様と一緒に行動をして一緒に寝ていても、王様が俺の事を選んでいる理由が俺自身分からないのだ。

「ねえ。隣の席、いい?」

授業のすべてが王様と一緒と訳でもないため彼が俺の隣にいない事もある。
そもそも学年が違う。

だけど、今まで色々な意味で遠巻きにされていたため、おや? と思う。

その人間の事を俺はよくは知らない。
けれど多分、俺よりは優秀で俺よりも出自がいい。

なんで、そんな人間が俺に話しかけてきたのか?
王様とお近づきになりたいのだろうか。

世の中のほとんどの物に碌に興味も抱いていない彼が、俺経由で誰かに興味を持つのかはよく分からない。

彼の興味を引く方法があるのなら、俺が知りたい。
その方法を使って、もう俺から興味がなくならない様にしてしまいたい。
わがままになってしまったと自覚した。

馬鹿なことを考えてしまったと思って、授業に集中する。

俺は、あの人に捨てられたら一人で生きていかないといけないともう知っている。
勉強位ちゃんとやっておくに越したことはないのだ。

授業が終わると「ねえ。」と話しかけられる。
王様について、聞きたいことがあるのだろうか。
それとも王様と三人でと話を切り出されるのだろうか。

二人で座席から立ち上がりながら話しかけられたので、そのまま立ち上がると彼の方を見る。

けれど、話しかけられた言葉は思っていたのと少し違っていておもわず、一瞬返事ができなかった。

「今日のお昼俺ら二人で食べない?」

この人と別に友達ではなかった。
今までそれほど話したこともない。

共通点ってやつがおおよそ見つからない。

「いや、俺ら植物学も一緒にとってて、君の作りだした花があまりにも綺麗だったから。」

ちょっと興味あってさ。
王様と、たまには飯位別でもいいかなって。と彼は笑顔を浮かべた。

花は先生にも褒められた。
と言っても目を見張るような成果じゃなかった。

彼が本心からそう言っているのかが分からない。

お昼ご飯は駄目でも、王様達のクラスが遅くまで授業してる日、少し話す位ならいいかもと少し思い始めていた。

「……駄目。」

ふわりと何かに後ろから抱きしめられたのが感触で分かる。
匂いとその温かさで、それが王様だと理解する。

「これは、俺のだから駄目、だ。」

王様の手が俺の頬を撫でる、はっとして振り向くと、王様の真っ黒な髪の毛が目に映る。

王様がいつもの様に淡くほほ笑む。
俺が声をかける前に、王様の顔が近づく。

それから、キスをされた。
戯れの様なそれは、ただ唇を触れ合わせるだけでなく、食まれるようなもので。

唇を離す瞬間くちゅりと音がして慌てて我に返る。

口元を手で覆って、それから周りを見渡す。
複数のこちらを見る顔と目があっていたたまれなくなる。

「なんで……」

突然こんなことするんですか?と聞いたつもりだった。

「だって、そいつ小鳥の事をとろうとしただろ?」

独占欲、以前感じたものと同じなのだろうか。
ただ、人と話していただけだ。

それなのに少し嬉しい。

話しかけられた同級の人に悪くて彼を見ると、視線を逸らしている。

そりゃあ、突然俺みたいな人間のキスシーン見せられたら視線もそらしたくなるか。
そう思っていると王様は「ね?」と僕に同意を求める様に言う。

同級の男は露骨に視線を彷徨わせている。

もしかして、王様と俺を引き離すためにやったのだろうか。
王様にあこがれを抱いている人間は多い。それが恋情かは俺には分からないけれど、俺さえ引き離せればと思う人間もいるだろう。

王様がまた俺に飽きてしまうまでは、一緒にいたい。

彼がそういうつもりだったのかは分からないけれど「ごめん、お昼は彼と食べるって決めてるから。」とだけ言った。

二人きりの昼食を食べ始めたところで王様が言う。

「小夜啼鳥を欲しがる人は沢山いるから、気を付けるんだよ。」

むしろ貴方を欲しがって俺に近づいたんじゃないか、と叫びたいのを抑える。

そんなものはどちらでもいい。
実際のところ俺に分かるのは一つだけ。

「王様に捨てられない限り俺はここにいますよ。」

少し嫌味っぽくなってしまっただろうか。
王様は嫌な気持ちにならなかっただろうか。

王様の顔を見ると真剣な、どこか決意のこもった表情でこちらを見ていた。

「鳥かごの扉はもう絶対に開けてはあげないから。」

王様はまた、よく分からない事を言う。
ただ、まだ俺への興味がなくなっていない事はちゃんと分かる。
それで充分だ。

「歌を唄っていいですか?」
「駄目。二人っきりの時だけだよ。」

王様が静かに言う。
願わくば彼が俺の事を飽きる日が一日でも後になることを。

「小鳥。こっちへおいで。」

王様に言われるがまま彼の膝の上に乗る。
小鳥の様に頭をそっと撫でられ、目をつむる。そうすると、王様は俺にしか聞えない小さな声で、俺がいつも唄っている曲を鼻歌で口ずさみ始めた。