弱虫

一総が生徒会の仕事を終えると、外はもう真っ暗だった。
冬が近くなった空は日が落ちるのが早く、吐き出す息は白い。

昇降口を出たところで人影を見つけ一総は立ち止った。

「どうも。」

その影、理一は笑った。
それから、一総の元に近づく。

「なんだよ、その挨拶。
そんなに他人行儀にする様な話か?」

一総も笑顔を浮かべた。

「他人っすよ。」

直ぐに理一は答えた。

「まあ、そうだな。」

いつもの様に気にした風の無い返事だった。
それから、二人とも無言のまま、一総は理一の頬に触れた。
理一の頬はヒンヤリと冷たかった。

「お前、いつから待ってた。」
「は、そんな事どうでも良くないっすか?」

実際、理一は清掃委員の手伝いをしていて、待っていた時間がそれほど長かった訳では無い。

「ふーん」

二人は暗がりを寮に向かって肩を並べて歩いた。
会話がある訳でもなく、二人の吐き出した息がただ白く立ち上ってるだけだった。

不意に、理一は一総に手を掴まれた。

「かなり冷えてるな。」

そう言いながら、一総は撫でる様に理一の指に自分の指を絡めた。
ぎくりと理一が腕に力を入れた。
そっと、理一が口を開いた。しかし、それを遮るように

「なんだ?もし凍傷になる様な寒さでも翌日になったら治ってるっていう話か?
悪いな、俺が今日は繋ぎたい気分なんだ。今日は、黙って握られとけ。」

力づくで振りほどけば簡単に手は離れるだろう。
けれども理一は、それをしなかった。

じんわりと一総の熱が理一に伝わる。

「アンタ、ほんとーに変わってるよ。」

理一の顔は心なしか赤かった。
そっと握り返した手はすでに暖かく、もう手を握ってやる必要は無かったが一総の部屋につくまで二人は握った手を離す事は無かった。

一総の部屋に入っても理一は言葉少なく、今日待っていた理由も話す事は無かった。
すでに定位置になったソファーの端に理一は座ったが、それから何を話すわけでもなかった。

話すつもりが無いという事は一総にも分かっていた。
それで構わないと思っていた。

無理矢理聞き出そうとしても、返ってくるのはセックスしましょうというはぐらかしだけだ。

一総はキッチンでミルクパンに牛乳をいれて温める。
はちみつを一匙入れて、温まった牛乳を二つのカップに入れた。

それを持って理一の待つリビングに戻ると、そっと一つを渡す。
そのまま無言で理一の横に座った。

理一は、ふうふうとカップに息を吹きかけると静かにカップの中身を飲む。
それを確認してから一総もカップに口を付けた。

ゆっくりとカップの一杯を飲み干すと、理一はソファーから立ち上がった。

「それじゃあ、今日は帰るっす。」

いつもの変な敬語もどきに戻った口調で理一は言った。

「そうか。それじゃあまた。」

見送る訳でもなく、一総はカップを持っていない方の手を挙げただけだった。

部屋から出る直前、理一は小さな小さな声で

「ありがとう」

そう言った。
思わず伸びそうになった手を差し出す事を一総は止めた。

いつでも、俺を頼ればいい。その言葉を飲み込んで一総はただ、そこに佇んでいた。

明日にはきっと、理一は単なる気のいい高校生の表情をしているのだろう。

それが嬉しいのか、少し寂しいのか一総には分からなかった。