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甲斐甲斐しく世話をされた経験は物心ついて以降あまり無かった。
九十九である事実は隠されていたし、雷也との一件以降自分で自分の扱い切れない能力について誰かに触れて欲しくもなかった。

なのに、こんな風に全部を保留にしてただ甘やかされる。
風呂に入れられ、頭を丁寧に洗われ、それから恐らく一総手作りなのだろう食卓に並べられた食事を食べる。

会話は「美味いか?」程度のものしかない。
ただ、静かに時間が流れていくのが分かる。

自分の中の暴力的な感情はまるで暴れ出さない。
穏やかな。そう。あり得ない位穏やかな時間に思えた。

恋というものは理一にとってよく分からないものだけれど、それでもこの時間を手放すのが惜しい位には一総の事を貴重に思ってはいる。

「体疲れているだろう。そろそろ寝るか?」

今までなら、そんなの時間の経過で無かったことになりますよと返しているところなのに何も言いだせない。

多分その程度の事全部お見通しなのだろう。
それでも一総は何も指摘することなく、じゃあもう休もうかとだけ言って寝室へと向う。

契約の所為なのか一総の元の能力かは理一には測りかねていたが自分より強者に全てをゆだねてしまえることはいっそ楽なことだ。

自分が思っていた以上にこれまで普通に生活を続けることが負担になっていたのだろう。
まどろみの中で理一はぼんやりとそんな事を考えていた。

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