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どうせ、女の子とデートとかに使うチャラい感じの店だろうと思っていた俺は、案内された店の前につくと正直驚いた。
そこは所謂小料理屋と呼ばれるジャンルの店で、大通りからも離れていてとても落ち着いた雰囲気だ。
料亭と言うほどかしこまっている訳ではないその店構えに、少しだけ楽しみになった。

「ここ日本酒が旨いんですよ。あと坂巻さん、さっきあまり食べて無かったんで。バーとかよりは食べ物もある方が良いと思って。」

確かに打ち上げの席で、俺は殆ど食べ物を口にはしていない。あのカオスな状況の中良く見てたな。
モテるって、こういう事の積み重ねなのかと関心した。

店に入り、案内されたのは狭い個室だった。

「ここ、カウンターもあるんですけど基本個室なんですよ。落ち着いて飲みたい時はいいですよ。
誰にも教えて無いんで坂巻さんも内緒ですよ。」

安田はそう言いながら席についた。
ここに連れてくる女の子に、そう言う様にしているのか?という疑問は残ったが気にしない事にした。
そもそも、教える様な友人も恋人も俺には居ないので、何を言われようが別に関係無かった。

適当に日本酒とつまみを頼んで、乾杯をした。
何に乾杯をしているのか分からなかったが、こういうのはそういうものなんだろう。

確かに日本酒は抜群に美味かった。
給料日とかに通いたい。それくらい美味かった。

「坂巻さんが、あのライチさんだったなんてホント驚きだったんですよ。」

機嫌が良さそうに、安田は言った。
あのってどのだよ。と心の中で突っ込みを入れた。

「ずっとファンだったんで。ここ2年ほどの発行物で書店委託しているやつは全部持ってますよ。」

興奮したように、安田はまくしたてた。
俺は、苦笑いを浮かべる事しかできない。

「あ、もしかして疑ってます?」
「いや……。そもそもPN知ってる時点でそれなりに調べてるって事だろ。
サークル名は知ってても普通同人作家のPNってそれなりに好きじゃなきゃ知らないだろ。」

コップに入っていた日本酒に口を付けながら、俺は言った。
そもそも成人男性向けジャンルで、感想とかファンですとか言われる事自体極めてまれだ。
結構、いやかなり嬉しいと思ってしまっている事もまた事実で、照れ隠しのように日本酒をあおった。

「でだ、おっぱいはな、でかけりゃいいってもんじゃねーんだよ。」
「ですよね。弾力を感じられる描写てキますよね。」
「おー、安田分かってんじゃねーか!!」

日本酒は美味いし、安田は良い事言ってくれるし、ついついハイペースで飲んでしまった。記憶がぶっ飛ぶほどではないけれど感情とかいろんなもののコントロールが難しい程度には、酔っていた。

エロに対する趣味も安田とは近いらしく、会話が楽しい。

「ホント、お前いけすかねー男だと思ってたけど、良いやつだな。」
「いけすかねーって、まあ良いですけど、坂巻さんに気に入られたみたいで嬉しいですよ。」

あー、普通怒るところか。
いけすかねーって普通言っちゃいけない事だもんな。だから俺の周りには誰もいない。
少ししんみりした気持ちになったところで、安田は真剣な表情で言った。

「坂巻さん。運命って信じますか?」
「ミミちゃんの運命の輪ってやつか?」
「そうじゃないです。」

何故真剣な表情なんだ?

「正直に言いますけど、俺バイなんですよ。」

バイ?ああ、両刀の事か。それが、この話にどう関係してるんだ?

「坂巻さんって鈍感っていわれませんか?」
「言われない。」

まあ、敏感とか敏いとか言われる事も無いが。

「おれ、坂巻さんの作品初めて読んだ時感動して泣いたんですよ。エロ漫画なのにおかしいでしょ?
で、ずっとどんな人が書いてるんだろうって気になってて。
それで今日どうしても本人から本買いたいなって思ってイベント行ったら坂巻さんで。
でこうやって話してみたら面白いし、趣味もすげー合うし。
正直、俺坂巻さんに運命感じちゃってるんですけど、どうですか?俺。」

うんめいかんじちゃってる?

何だそれ。どういう事だ?

「俺のこと気持ち悪かったりします?」
「そんな事はない?」

ふわふわとしていて良くわからない。

「うんめい?」
「好きって事ですよ。」

好き?すき……。

その意味が脳みそに到達してきちんと分かった瞬間ようやく安田が何を言おうとしているのかが分かった。

このイケメンで仕事もできて、且つコミュニケーションスキルもある男が、俺に告白しているという不思議。

「夢でも見てるのか?というか安田、お前飲みすぎておかしくなってるだろ?」
「俺は、さほど飲んでませんよ。」
「じゃあ、何でそんな頭おかしい事言ってるんだ?それとも俺が飲みすぎて幻聴でも聞いてるのか。」

ああ、それか、そうに違いない。と酔った頭は判断した。

「まあ、酔ってるなら仕方が無いな。
おい安田。明日になって酔いがさめた頭でもその訳のわからない事言ってるなら聞いてやらん事も無い。」

酔った頭で、正常な判断が出来なかった俺は、そう言ってヘラリと笑った。
その後の凶暴な安田の笑みに、もう後悔が押し寄せたのだが、言ってしまった事は戻らない。

翌朝、酔っぱらった俺が連れ込まれた安田の自宅で、熱烈な告白を受けるなんて事はまだ知らない。知らないったら知らない。