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美形×平凡(エロ同人描き)

休日何をして過ごすか?
そんなの決まってる。

「締め切りまで後12時間……。」

癖のようになってしまった、独り言を言いながらパソコンを見つめる。
右手は勿論ペンタブのペンをもってせわしなく動かす。

大学に入ってから始めた同人活動はいま7年目を迎えており、ようやく中堅と呼んでも差し支えないくらいの発行部数を保てるようになった。

最初は、大好きなキャラのおっぱいをただ描きたいという欲求から始めたサークルだったが、やはり1冊でも本が売れると飛び上がるくらい嬉しくて、もっと上手くなりたくてという繰り返しでここまで来ていた。
プロになれたら、そんな気持ちがこれっぽっちも無いと言えば嘘になるが、定時で上がれる零細企業に勤めてアフター5と休日は同人につぎ込むこの生活にある程度満足はしていた。

今も、マジかるミミちゃんの2次創作本のペン入れをしている。
日曜のまだ8時だが、後12ページペン入れがまだだし、それ以外でも完成していないページの方が多い。トーンやベタはボタン一発とはいえまずい非常にまずい。

12時間というのも明日会社に出社する時間が午前8時というだけだ。
明日8時までかかったら寝る時間は無い。

とにかく今は集中、集中。
腱鞘炎になりかけて、若干痛む右手首を無視して手を動かし続けた。

結論から言うと、寝る時間は無かったが何とか6時過ぎに原稿は出来上がり、入稿出来た。
だるい体を引きずってシャワーを浴びて会社へ行った。

会社で、何とか仕事をこなしていると2個下の後輩に厭味ったらしく声をかけられた。

「坂巻さん、これ間違ってますよ。坂巻さんがミスするのは勝手ですけど、こっちにまで迷惑かけないでくれませんか?」

モデルのように整った顔をゆがませて安田に言われ、イラッとする。
寝不足で間違えた俺が悪いのはわかっているが、言い方ってもんがあるだろ!?そう思ったが、口に出して文句を言えるほどの度胸は無い。

「済まん。」

蚊の鳴くような声しか出なかったが一応謝罪をして、書類を返してもらう。

「今週末、俺予定あるんですから、ミスの所為で休日出勤なんて勘弁してくださいよ。」

吐き捨てるように言われがっくりと肩を落としながら、仕事をやりなおした。
俺も今週末はイベント参加があるから休日出勤なんぞしたくない。

にしても、何であんなにイラついているんだ。
週末彼女とデートでもあって、それがつぶされるかもしれないってことか?やっぱりイケメンは違うなと八つ当たりの念を安田に送っておいた。

脱稿した後は、ちゃんと睡眠がとれたので仕事での失敗もなく、無事イベント当日を迎えられた。
直接搬入した本もきちんと刷り上がっており段ボールを開け、机に並べた。

結局、いつも何かしら描いていないと落ち着かないので、あの後ポスターを作ってしまったのでそれも飾って準備万端だ。

コミュ障なのもたたって、殆ど友人がいない俺はいつも一人参加だ。
本が売れないと、トイレにも行けないのはつらいが、誰かに頼んだところで物凄くストレスになるだけなのでしょうがない。

パイプ椅子に座って、開場を待つ。
この、ドキドキするような感覚が結構俺は好きで鼻歌でも歌いたい気持ちになりながら過ごした。

一般入場開始と同時にお客さんが来てくれた。
今回は売れ残りを同人ショップに頼まなくてもいいかもしれない。
心の中でガッツポーズをしながら本を渡していった。

お昼ころ、ひと段落して、椅子に座りなおした。
丁度その時

「これ一冊ください。」

その声に手に持っていたスマホから顔を上げるとそこには、イケメン安田がいた。

「……。」
「……。」

お互い無言で見つめ合う。
安田の顔が見る見るうちに驚きに染められていき、その後、スペース番号が書かれたポスターと俺の顔を交互に見直していた。

はっきり言って、気まずいなんてもんじゃない。
当然、俺は隠れオタクだ。
見た目も垢ぬけないし、隠せてないのかもしれないが、少なくてもエロエロにゃんにゃんなマンガを描いているとは思われていないはずだ。

コミュ障すぎてこんな時なんて言ったらいいか分かんねー。
普通にどうもって声かけちゃっていいのか?
俺がそんな事を思っていたら安田が口を開いた。

「坂巻さんがライチさんなんですか?それとも単なる売り子?」

何でおれライチ何てPNにしたんだ。馬鹿か、すげー恥ずかしいじゃないか…。
いや、ライチの食感ってアレに似てるっての聞いて、なんてエロい果物なんだってことでそれにしたんですけどね。
やめときゃよかった。
乾いた笑いを上げながら

「俺が描いてます。」

と答えた。
すると安田はニヤリとほんとーに人の悪い笑みを浮かべた。
あれ、俺間違えた?売り子って言っておいた方が良かった?

って、エロ漫画描いている事同僚にカミングアウトしてしまったのか!!
じわじわと自分のミスに気がついて顔面蒼白になっていく。

それに気がついた安田は、慌てたように

「違います。絶対に周りに言ったりしないですから!!」

と言った。
信用できない……。

「とりあえず、新刊3冊ください。」

断る訳にも行かず3冊売った。
証拠品じゃないよな?
受け取ったお金を仕舞っておずおずと安田を見上げると

「坂巻さんのこと言うと自動的に俺が即売会来てる事もばれるでしょう?」

と言われた。

「お前が、オタだって言ったって、誰も信じないと思うぞ。」
「まあ、そうでしょうね。……それより、即売会終わった後暇っすか?飲みましょうよ。」

そう言われ、やっぱり脅されるのかと俺はゴクリと唾を飲み込んだ後頷いた。

その飲み会で、安田がずっと俺のファンで、今日の事を運命と言って迫ってくるなんて事はまだ知らない。知らないったら知らない。

END

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