ぼんやりとしたままそれでも大学に行かなきゃと思う。
スマホを確認したけれど、着信はなくメッセージアプリに一件だけ新着メッセージがあった。
恐る恐る、アプリを起動してメッセージを確認すると。
『前島という男には気をつけるように』
とだけ絵文字と一緒に書かれていた。
話があるとか、どういう事か?と聞かれた訳じゃないので、まだ大丈夫なのかもしれない。
だけど、人に言えるような関係じゃないのは事実で、ふさわしい相手だと到底思えないことも事実だった。
後で気が付いたけれど、糸をドアノブにひっかける心の余裕すら無かった。
のろのろと大学へ行く。
ぼんやりと講義を受けて、それから兎に角家に帰ろうと思った。
とてもじゃないけれど友人と遊ぶような気分にはなれない。
顔色が悪いと友人に心配されたが、曖昧に笑っておくしかなかった。
無性にあの人に抱きしめて欲しかった。
だけど、電話をできるわけでも会いに行けるわけでもない。
「やあ。」
前島という人に会うのはこれで3度目だ。
初めてあった時を除いても2度目。
早々そんな偶然が起きる筈がない。
自分の糸に目を落とすと、数メートル先に無理矢理別の糸が歪に結わえてあった。
自分の糸を俺の糸に結び付けておいて、それをたどったのだろう。
俺の前にあらわれたのは別に偶然じゃない。
「まるで、運命みたいだね。」
思わず目を細める。
癖になっている、指から伸びる糸を撫でる動作をついしてしまった。
それがいけなかった。
「へえ、こんな風になっている糸は初めて見た。」
一度切ってしまった部分を触りながら言われ、嫌悪感に眉を顰める。
「まさか、糸が繋がってるから付き合ってるとか言わないよな。
それともあれか?元々繋がっていなかった糸を無理矢理つないだのか?」
そんな思い込みで恋人を選ぶことはするべきじゃない。強い口調で言われて思わずたじろいでしまう。
俺が、あの人じゃなきゃダメなのは、そんなのじゃない。
糸が無くても変わらなかったことはあの人が証明してくれた。
「そんなものは……。」
関係ない!そう叫ぼうとしたとき後ろから抱え込まれるようにして口を手でふさがれた。
嗅ぎ慣れたいつもの香水の匂いがした。
「羨ましいからって、俊介に否定させようとするなよ。」
大地さんが軽い声色で、けれどキツイ口調で言った。
「糸があろうが無かろうが、俺が俊介を手放す事は無いからあきらめろ。」
大地さんがどんな表情をしているかは分からない。けれど、俺の口を塞いでいた大地さんの手が首筋を撫でる。
思わずビクリと震えてしまう。
「それとも、これが運命の赤い糸の様なものだとお墨付きをくれるんだ?」
ゆらゆらと目の前であの人の手が揺れる。
小指から伸びた白い糸が揺れる。
多分、大地さんは怒っている。
睨みあう2人に大きく息を吸い込んでから口を開く。
「糸とかじゃないんです。
俺が、大地さんの事を勝手に好きになっただから。」
大地さんが後ろから俺の事を抱きしめる。
「そもそも、別にそんなに俊介の事好きじゃないだろ。
単に糸が繋がった同士が付き合ってるのが気にくわないだけだろお前。」
大地さんは抑揚の無い声で言う。
「そ、れは……。」
「俺が、俊介のことが好きで、それから俊介が俺のことが好きだから一緒にいる。
ただそれだけだ。」
大地さんの腕に力がこもった気がした。