その後大地さんも、何か気にしている様子は無かったし、普通に二人でご飯を食べて午後早い時間に解散した。
やっぱり、相当に忙しいらしく二人でいた最中何度もスマホが鳴っていた。
申し訳なさそうに笑うあの人に、もう少し一緒に居たいだなんて言えなかった。
ただ、曖昧に笑って見送るだけが精いっぱいだった。
久しぶりに顔を見れただけで充分じゃないか。
何でこんなに俺は欲張りになってしまったのだろう。
のろのろと家に帰って、ただ無為に過ごす。
大学に入って友人はできた。
けれど、そのうちの誰かに連絡する気にはなれなかった。
◆
「昨日ぶりだね。」
大学近くのブックカフェで本を読んでいると、声をかけられる。
顔を上げるとそこに居たのは昨日の糸が見える男だった。
「えっと……。」
確か名乗った気がするのだが、名前が思い出せない。
「前島琢磨だよ。」
言われて初めて、昨日、前島と名乗られたことを思い出した。
昨日のことが頭に引っかかって、瘤の部分を自宅のドアノブにひっかけてきて良かった。
いま俺の手から伸びる糸は何の変哲もない真っ白の糸だ。
「わざわざ、糸の付いている小指用の指輪を贈りあうとか、見かけによらずキザなところがあるんだな。」
まるで当然の様に向かいに座って言われる。
そもそも、男同士付き合ってること自体を隠した方がいいことは分かっていたが、半ば確信をもって言われてしまいはぐらかせそうにない。
「そんなことどうでもいいじゃないですか。」
前島という男が俺の方に来て良かった。もし、あの人に再び偶然あったのがあの人だったら忙しいあの人の邪魔になってしまっていただろう。
「糸が繋がってるから、付き合ってるんだろう?
ちっとも相性なんか良くないのに。」
そう言われガツンと殴られた様な気分になる。
「糸が見えるってことなら、俺にしとかないか?」
今日も一緒に居ないってことは、もう冷めきってるんだろ?畳みかけるように言われ思わず耳を塞ぎたくなる。
「なんで見ず知らずのアンタにそんな事言われなきゃならないんだよ。」
ようやく口にできたのはそんな言葉だけだった。
前島は笑みを深めて「じゃあ、見ず知らずじゃなくせばいいだろう。」と言った。
「そう言えばアンタ名前は?」
「……亘理。」
遊びに行こうと連れ出された先は海に面した商業施設で休日という事もあって人でごった返している。
人ごみはあまり好きでは無い。どこを見ても糸が見えてしまう。
なるべく周りを見ないようにしながら、前島の後に続く。
ショップが立ち並ぶ一角を前島が指さす。
「亘理はああいうの似合うんじゃないか?」
指さされたのはマネキンが着ている、だらりとしたカットソーだった。
「あれ?」
前島が視線を横にそらして、それから俺の手を見た。
すぐに理由は分かった。あの人が丁度そこに居たのだ。
仲良さげに数人固まって歩いている。
見たことの無い人ばかりだったが、皆一様に目立っている。
「よう!」
前島が大地さんに声をかけてようやく大地さんが俺達に気が付く。
「誰?」
横に居た人があの人に尋ねる。
正直に答えられる筈もないのは知っている。
「ああ……。」
学校の後輩だと言われることは分かっている。仕方のないことだ。
「今、デート中なんでまた!」
「は!?アンタ何言ってるんだ。」
大地さんの言葉を遮るように前島が出鱈目を言う。
ふざけるなと言い返したがあの人の周りの人達は面白そうに「へえー。」と声を上げた。
「違います!ちょっと、冗談も大概にしてください。」
あの人は相変わらず何も言わなかった。
否定することも無ければ、俺を怒ることもない。
もう、俺には興味が無いのかもしれない。
「そう言えば、大地の恋人も可愛い男の子なんだよな。」
あの人の連れがそう言った。
大地さんの返事を聞くのが怖くて、結局頭を下げると慌ててその場を逃げ出してしまった。
高校の頃から何も進歩していない。
言い訳すらしないで逃げ出して、多分完全に呆れられただろう。
「おい、置いていくなよ。」
前島に言われ振り返る。
息を切らせた前島がこちらを見ていた。
「まあ、逃げる理由も分かるけどな。
さっきの恋人の話って亘理の事じゃないかもしれないしな。」
周りからも不釣り合いだと思われているということだろう。
当たり前だ。
当たり前なのに、それなのに……。
「済みません。今日はこれで失礼します。」
とてもじゃないけれど、誰かと一緒に居る気分にはなれなかった。
なるべく何も考えないようにして家に帰って、それから毛布にくるまってただただじっとしていた。
相変わらずこんな時でも涙は出ない。
あの人からは、連絡は無かった。
多分それが答えなのだろう。