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–某国の騎士団長視点–
野営地に戻って、スコットに礼を言う。
それから、娘の頭を撫で手を握った自分の手をマジマジとみる。
まだ、その暖かさが手に残っている気がする。
愛おしかった。他の何も無くただただ可愛いと思える人に初めて出会った。
色々なしがらみは多分捨てようと思っても捨てられないのだろう。
けれど一番手放したくない人達ができた。
あの二人だけは何があっても手放したくはない。
そう思った。
あの人自身のことは実はそれほど心配はしていない。
きっと、貴族の社会に入って影口を叩かれようが、何が起ころろうが「へえ。」と言って、不敵に笑うのだ。
あの人はそういう人だ。
いつも、豪快に笑っているか、挑戦的な目つきで相手を射抜いているか、不敵に笑っているか。
そんな表情ばかりを浮かべている人だった。
けれど、あの人に触れた時の表情がどうしても思い出せなかった。
何度も、それこそ両の手で数えられない位抱いてきた人間のその時の表情が思い出せない。
行為自体の記憶がそもそも、朧げなのだ。
だから、ただ全てが朧げなのか、忘れてしまいたい表情だったのかそれすら分からない。
プロポーズをして受け入れてもらったのだと思う。
一般的なプロポ―ズに比べて随分無様なものになってしまった自覚はあるが、それよりもあの人が受け入れてくれたことが嬉しかった。
元々、好いて好かれてという関係だったとは思わない。
行為が合意で無かったことも痛い位分かっている。
殺されても仕方が無いことをしたのだ。
本気で、やりあったことは無いが、もしかするとあの人が勝つのかもしれないと思う瞬間は確かにあった。
勿論、自分自身の立場にも能力にも矜持はあるが、あの人がずっと昇進しなかったのは、ただ、平民だったそれだけのことだ。
だからこそ、あの人が今置かれている立場が酷く危ういことも分かっていた。
自分自身の立場さえ不安定なのだ。
そこに来てあの人を守るには、なんてまともな事をしていては不可能だった。
何か罪をなすりつけられて収監されるか、殺されるか遅かれ早かれそうなるだろう。
だからこそ、子が生まれた話を誰もする事ができなかったのだ。
誰かに知られてしまったら、それでお終いだったかもしれない。
その中で、彼と、そして彼と俺の子を認めさせる方法なんてそう多くは無かった。
帝都に凱旋して、戦果を陛下に報告する。
許されるだろうか、という気持ちは無かった。
今までの自分であればまずそう思うだろう。なのにそんな気持ちはまるでなかった。
これだけ今まで頼ってきたんだ。それ位は我慢して欲しい。
「こたびの働き、見事であった。女でも領地でも望むものを与えよう。」
お決まりの口上だった。
いつもは当たり障りのない恩賞を希望するのだ。
何も貰わなければ、下のものの恩賞が雀の涙になってしまうし、かといってしがらみもある。
自分からは下品に求めずかといって取るものは取る。
それだけの為の儀式の様な時間だった。
あくまでも今日まではであるが。
「それでは、お願いしたいことがございます。」
「なんだ、言ってみるがいい。」
いつもと違う返答だったが、それでもこちらが願う事と違う事を想像しているのだろう、堂々とした受け答えだった。
「愛する者との婚姻を。
その者は貴族ではありませんので陛下にお許しを賜りたく。」
「その娘と添い遂げたいという事か?」
「私の愛する者は男にございます。
娘と3人家族として暮らす事をお許しいただきたく存じます。」
目の端に映った副長である幼馴染が笑った気がした。
「私にとってそれが今唯一の願いでございます。」
聞き入れられないときは。とは口に出しては言わなかった。
俺にしろあの人にしろ、それなりに能力のある騎士だ。
わざわざこんな場所で話を持ち出した意味も全て理解しているであろう。
大臣が陛下に耳打ちをした。
良くて、パワーバランスが変わってしまう貴族の娘を選ぶよりマシ、とでも言っていて、そうでなければ、許可した上で暗殺でもしてしまえばいいと言っているのだろう。
絶対に殺させはしない。
「余は、救国の英雄の願い一つ叶えられない王では無い。」
陛下はそれだけ言うと足早に玉座から立ち去った。
◆◆◆◆
「済まない。」
騎士団に向かって頭を下げると、困った様に副長が笑っていた。
俺には結婚を認めることだったため、他の人間への恩賞はどうなってしまうか分からない状況なのだ。
そう言えば、幕営地に来たあの男がいなかった。
副長にそっと聞くと、溜息を付かれた。
「まあ、グレンさんは一人で何とでもするでしょうけど。」
あの人を倒せるのは貴方位でしょう?副長は笑った。
「一旦抜けていいか。」
「仕方が無いですね。」
数日は祝賀行事が続く。
もう一度あの人にあわねばならないと思った。
「今日は、戦地で負った傷が痛むのでと言っておきます。
明日からは必ず、すべての行事に参加してもらいますからね。」
有りもしない傷をでっちあげて、今日のところは何とかしてくれるらしい。
もう一度頭を下げるとあの人、グレンの家へと急いだ。
街の外れ、敷地内に入ると副長の準備が正しかったことが分かる。
だが、急だったのだろう。雑な仕事だ。
地面にきっちりと踏み荒らされた跡が残っている。
それでも、こういったことに対してあの人を信頼していない訳では無いのだけれど、慌てて家に駆け寄ってドアを開ける。
薄暗い室内で、そこに一人立っていたのはあの人だった。
足元には、ここに押し入ったであろう暗殺者たちの亡骸が転がっていた。
「シャーリーは!?」
「裏口から出て、スコットと居る。さすがに、コレを見せる訳にはいかないしな。」
床を見ながらグレンは言った。