「他に新手はいたか?」
家の外に目くばせをしながらあの人は聞く。
「俺が見逃すとでも?」
「まあ、そうだろうな。」
あの人の口角がニヤリと上がるのを見て、ああこの人は子供を産んでも変わらないなと思う。
実際に戦った瞬間を見た訳では無いが、護身用の短剣で切り伏せられた亡骸はいずれも綺麗に急所を一突きされている。
元々、恐ろしく強い男だったが、冴えわたる様な強さだ。
急ごしらえとはいえ、国王なのか大臣なのかの息のかかった暗殺者だ。
「さて、俺とシャーリーは宿を探すが、お前はこれからどうする?
祝賀行事でギッチリだろ?」
さすがにこれを見せる訳にもいかないしなと、もう一度床を見渡すと上着を脱ぎ捨てた。
大して返り血を浴びている様には見えなかったが念の為といったところだろう。
「うちに来ますか?」
今日は静養中という事になっている、出歩くわけにはいかないし、貴族の屋敷に踏み込むというのは他の場所よりも難しいだろう。
「娘に紹介するよ。」
グレンは短くそう言った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
屋敷に戻ってそれから初めて目を覚ましている娘を見る。
「あー、こちらは……。」
いつもは、はっきりと話すグレンが言いよどむ。
陛下に結婚の話をするときよりも緊張している。
「初めまして、シャーリー。
君のもう一人の父親のアルフレートだよ。」
しゃがみ込んで同じ目線で俺がそう自己紹介をすると、あの人は少しだけ表情をこわばらせた。
いまでもまだ、俺が別の人生を歩めると信じているのは少しだけ癪にさわるが自業自得だ。
「お父さま……?」
シャーリーは首をかしげながら呟いた。
「うん。お父さんだよ。」
「私と同じ髪の毛だ!」
「うん。」
思わず、娘を抱きしめると、シャーリーもおずおずと手を伸ばして来た。
嬉しくて、シャーリーを抱きあげると「きゃあっ!」と歓声を上げる。
「お父様も力持ちなのね!」
きゃっきゃとはしゃぎながらシャーリーが言う。
同性婚が認められているとはいえ少数だ。今までまるで顔を見なかった男が突然父親だなんて言って戸惑わないか怖かった。
それは魔獣と対峙した時ですら感じた事の無い感情だった。
けれど、杞憂だった様でシャーリーは自分の手の中で幸せそうに笑っていた。笑顔は少しグレンに似ている。優しい、優しい笑顔だった。
「可愛いだろう。」
勝ち誇った顔でグレンに言われ、この人らしいなと笑った。
きょとんとした顔でグレンそれから俺と交互に見たシャーリーが俺達に合わせるみたいに笑った。
それだけで、ああ、幸せだなと思った。
シャーリーとはその後一緒に夕食を取ってそれから、昔話をして、今はぐっすり眠っている。
スコットとは屋敷の前で一旦分かれたが、その後副長に報告したため、屋敷の周りは警備が固められている。
狼藉者を倒しただけであくまでも被害者はグレンであるという事を周りにアピールするためにもこの措置は妥当だ。
最も屋敷の中までは誰も入ってこなかったため、初めての親子水入らずは満喫できた。
今夜の襲撃は無いだろう。これだけ厳重に固められているのだ。急ごしらえで何をしゃべりだすか分からない人間を差し向ける馬鹿の下で働いているとは思いたくない。
シャーリーは客間で寝ている。
もし起きてしまったときのことはメイドに頼んである。
自分の寝室にあの人を連れてきた。
黙ってついてくるというのは、いいという事なんだろうか。
触れてもいいですか?なんて聞いたことは無かった。
言葉なんて何もない行為しかした覚えが無い。
覚えていないだけで、酷い言葉を投げかけたのかもしれない。
「愛しています。」
それだけ伝えてキスをした。
その感触はほとんど覚えていないものだったけれど、あの人は避けたりしなかったし、唇を離した後、怒ったりもしなかった。
「なんか恥ずかしいな、これ。」
ベッドの縁に座ってお互いに見つめ合うと、グレンはそんな事を言う。
うろうろと視線を彷徨わせ所在なさげにしている表情は初めて見るものだった。
その姿に、胸のあたりがギュッとわしづかまれた気がした。
ああ、好きだったんだと、ずっと恋い焦がれてたんだとようやく気が付いてからまだほとんど時間は経っていない。
まるで初恋の様に、喉の奥のあたりがむず痒いような、目頭が熱くなるようなそんな気持ちになった。