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相変わらず圭吾さんは忙しいようだった。
彼の家に行っても、打ち合わせをしてくるという書置きだけが置いてあって帰ってこない日もたびたびあった。
それでも、圭吾さんは休みを作ってくれて一緒にすごしたし、俺にいつでも家に来ていいからと繰り返し伝えてくれた。
俺も、圭吾さんの家は居心地が良くて、用事もないのに入り浸ってしまっていた。
気にする事ないって言われて、インターフォンは押さなくなった。
インターフォンを押さない理由には、圭吾さんは必ず仕事を中断して玄関まで出迎えてしまうからというのもあったので、今はもらった合鍵でそっとお邪魔している。
今でも、鍵穴に鍵を入れる瞬間は、少し気恥ずかしい。
今日も、鍵を開け中に入るとリビングの電気がついていた。
圭吾さんが居るという事実だけで心が躍る。
「お邪魔します。」
声をかけながらリビングに入ると、返事はなく、視界の先にはソファーで横になる圭吾さんの姿があった。
近づくと寝息を立てる圭吾さんの顔は疲れがにじんでいた。
そっと撫でた頬はひげがのび始めていてちくちくする。
しゃがみこんでじっと圭吾さんの顔を眺めていると、唐突にああ幸せだなと思った。
それはずっと思っていた事だった。
ミヤさんのテリトリーに入れてもらえて、圭吾さんと呼ぶ権利をもらえて。
彼と知り合ってからずっと、ずっと幸せだった。
ミヤさんと会えない日もあるし、喧嘩のようなことになったこともあった。
だけど、俺はこんなに満ち足りた日々を送ったことはなかったし、自分を肯定し続けてくれた人は他に居なかった。
ドクドクと心臓の音が聞こえる。
そのリズムに合わせて、頭のなかに、ぽつり、ぽつりと言葉が浮かぶ。
不思議な気分だった。
学校で作文をかくときもレポートを書くときも、誰かにメールを打つときも、こんな風にはならなかった。
頭には次から次へと極彩色の言葉たちがあふれてきて止まらない。
このままでは頭がパンクしそうで、ローテーブルの上においてあった紙に、頭に浮かんだ言葉を書き留めた。
自分自身でも、ふわふわとしていて何を書きと留めているのか全部は理解できていなかった。
次から次へと浮かぶ言葉は、まるで愛の告白のようで、書留めたものは、圭吾さんへのラブレターみたいだった。
ようやく、頭の中の奔流が落ち着いたとき、書きなぐられた紙をみて妙に気恥ずかしくなった。
捨ててしまおう。
そう思って紙をまとめていると、後ろから腕をつかまれた。
どうやら自分が思っているよりずっと時間が経っていたらしく、圭吾さんが起きていた。
しまった。書かなければ良かったと思った。
アレだけすごい詩(うた)を作る圭吾さんに見せていいものだとは思わなかった。