音楽を生業にできるとは思っていない。
勿論、少しはできたらいいなと思った事はある。無いといったらそれは嘘になるけれど、大学卒業後の進路からは完全にはずしていた。
趣味で動画を上げている人も多かったし、そもそもセルフプロデュースできる人でなければ業界で生き残る事が難しいことも知っていた。
だから、圭吾さんが「樹は曲を作らないのか?」と聞かれたとき何も答えられなかった。
歌は好きだ。
けれど自分がそれを作るなんて、きっと無理だと思った。
「心に浮かんだものを形にすればいいんだけどな。
作詞なんか樹に向いてそうな気がする。」
圭吾さんは笑顔を浮かべた。
それは多分、俺が通っている大学が文系だからってだけの言葉だったのかも知れない。
けれど心に浮かんだといわれた瞬間、胸の奥にある小さな光のような感覚があることを思い出した。
それは、俺が歌っているときに静かに光っている。
心の中にともっている灯りは確かに存在しているけれどそれを言葉にする事は難しそうだった。
「そんな、俺は……。」
圭吾さんみたいに上手くはできないです。
そう言おうと思ったけれど、上手く言えず語尾はしぼんで消えてしまった。
「まあ、無理にとは言わないけど、もし作ったら教えて欲しいな。」
圭吾さんは、まるで俺の返事が分かっていたみたいに言った。
音楽は好きだ。大好きだった。
けれど、それはあくまでも趣味の範囲の話で、カラオケで友達と歌ったりする事の延長だった。そのはずだった。
圭吾さんと出会って、それが少しずつ変わっていくのが、少しだけ怖かった。