–圭吾–
◆
リハーサルから帰ると樹が俺の元に寄ってきて、まるで猫の様に甘えた。
何これ?可愛すぎる。
「へへっ。圭吾さんの充電をしとくんですよ。
今日緊張しちゃって、圭吾さんに抱きしめといて貰えば良かったって思ったので。」
外では考えられない位の甘えた声を、一緒に暮らす様になってから樹は出す様になった。
それが素直に嬉しいと思うし、ドロドロに甘やかしてやりたいとも思う。
そっと抱きしめると顔をすり寄せる。
明日の事もある為、あまり樹を疲れさせるような事も出来ない。
サラサラの髪の毛を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
めちゃめちゃにしてしまいたい。
こうやって、時々どうしようもない衝動に近い感情に襲われる事がある。
それは、恋愛感情の枠に嵌っているものなのかも怪しい感情で、それよりももっとずっと暴力的で性的なものだ。
誰の耳にも樹の声を聞かせたく無い。ただ俺の為だけに歌って欲しいという子供じみた願いを内包している。
きっと樹に言えば、受け止めてしまうのかも知れない。
一応、もういい年であるのでそれを言うべきで無い事も、縛りつけても何にもならない事も知っている。
こめかみにそっと唇を落とすだけに留めた。
◆
当日の朝を迎えた。
出かける前にそっと触れるだけのキスをした。
その唇の温かさにホッとして、ああ、俺も緊張してるのかと自覚する。
まあ、いまさら緊張を自覚しようが、そうでなかろうが大した違いは無いと思う。
手を握ったり開いたりする。
うん、何となくだけど大丈夫。
「じゃあ、行こうか。」
「はい。」
気持ちなのか、心なのか分からないが、お互いに高揚している。
自分の作った歌を聞いてもらえるのが、樹の歌声を聴いてもらえるのが楽しみで仕方が無い。
昨日の夜は自分の為だけに等と思っていたのが嘘の様に聞いて欲しい。
樹の歌の才能は埋もれさせちゃ勿体ない部類のものだ。
俺の手の中だけでというのは所詮、我儘なのだ。
会場について別々に準備と最終チェック、打ち合わせを行う。
舞台裏はざわざわとしていて、独特の雰囲気だ。
まず、樹の出番があってその後俺、最後にミヤヴィとしてのユニット曲の披露だ。
出演者全員で円陣を組んで掛け声をかけた。
リハーサルの様に近くで見ていると言う事は出来ない。
そのかわり、モニターが設置されていて現在の進行状況が見られる様になっている。
ただし、音はとても小さく何を言っているかまでは聞き取れない。
樹の出番が来た。
だぼっとしたパーカーが萌え袖の様になっていて可愛い。
歌い始めたのが分かる。
客席の歓声がこちらまで聞こえた。
当然だと、思った。
自分の事の様に嬉しくて、まるで最初に自分が見つけた宝物を見せびらかしている様な気分だ。
いや、今までも樹が歌った楽曲をニヤニヤにアップする度にそんな気持ちになっては居たのだが、こうやって驚きとそして熱狂そんなものが直に感じられて口角が上がるのが分かる。
俺の楽曲を歌っているという事実よりも何よりも彼、ヴィーの歌声が会場を包み込んでる事実がただひたすら嬉しい。
ヴィーの歌声はリアルの方が格段に良い。
それは、マイクを変えた今でも思う。
歌が終わって樹が頭を下げた。
画面には、MCに移り恐らく緊張しているのであろう樹の様子が映し出されていた。
「ミヤさんお願いします。」
いよいよ自分の番だ。
汗ばむ手を確認して苦笑した。
でも、樹に力を分けてもらった気がする。
スタッフに先導される様に舞台袖に着いた。
いよいよ、自分の出番だ。