主にメールでの連絡がライブの主催者から来ていた以外に、前日のリハーサルまで打ち合わせらしい打ち合わせは一回だけだった。
それも、俺と圭吾さんと担当者の三人だけ。
一瞬穿った見方をしてしまったが、担当さんによると地方在住者も多いため、何度も上京するのが難しい参加メンバーも居るらしい。
きっとそういう部分がプロである歌手と歌い手の違いなのだろう。
圭吾さんと一緒だったのは純粋にユニット名義でも歌う為その部分の打ち合わせのためだった。
打ち合わせは拍子抜けする位順調で、帰り道に圭吾さんと顔を見合わせて笑ってしまった。
ネット上では面白可笑しく書かれてはいるけれど、実際はそれほど気にしてる人なんていないんだな。
穏やかな日々を過ごしながら、本番前日、リハーサルの日になった。
出演者全員での顔合わせがあった。
順番に挨拶をして、「イメージ通り」「イメージと違う」はては「男だったんですか!?」まで様々な感想が飛び交った。
横の席の女声も男声も得意な所謂、両声類と言われている歌い手さんに「思ったより、ヴィーさんって普通ですね」と言われ曖昧に笑みを返した。
実際の会場で立ち位置や、登場のタイミング等確認しながら進めていく。
会場は本番と違い明るく、客席まで良く見えた。
広い会場に本番はお客さんが入る。
緊張しても仕方が無い事は分かっているけど、少しだけ手は冷たくなっているし、しびれているようになっている。
主題歌の録音の時は圭吾さんがずっと付きっきりだったのでデモテープ録音の時と同じく気負わず歌えた。
ステージ上に居て無性に、圭吾さんに大丈夫だよって頭を撫でて欲しくなった。
子供じゃないんだからと、思わなくもない。
今日帰ったら少し充電させてもらおう。
だから、大丈夫。
スタッフさんの曲入りまーす、という掛け声の後、歌う予定の曲のイントロが流れ出した。
待機している他の歌い手さんがざわめいているのが分かった。
圭吾さんが今日の為にアレンジしたんだ。どうだ恰好良いだろうと少し得意気な気持ちになった。
っと、集中だ。力不足なのは分かっているのでせめて精一杯歌いたい。
ギターの音、激しい位のドラムの音それが自分の心臓の音と一体になった様に錯覚する。
マイクを持つ手に力が入る。
歌い出しは大丈夫、音は外していない。
ロック調でリズムが難しい上に、かなり低音から始まってサビは高音を叫ぶように。
ポーズをとったり、振付をしたりは俺には無理だから、基本的に自然体のまま歌う。
マイク越しの自分の声が音響を通じて反射したように戻ってきてすごく不思議な感じがした。
視界の端に、圭吾さんが居るのが見えた気がした。
多分、満足気に笑っていた。
俺も、笑顔になる。
歌ってるのに笑顔って、口が動いている状態だから変なのかも知れないけど、多分笑顔。
だって、今すごく楽しいんだ。
お客さんもいなくて、スタッフさん達は確認作業をしている事は分かってるけど楽しい。
歌う事はやっぱり楽しい。
俺の出来る限りの歌を明日届けたい。
それだけを思って最後まで歌った。
歌い終わって、ぜいぜいと息がきれている。
でも、とても心地よい疲労感だった。
スタッフさんから、ライト等についての注意事項が再度あって舞台袖に引っ込む、そこには先ほどチラリと見えた圭吾さんが居て、手を掲げた。
ハイタッチ。ぱしんという乾いた音がした。
暫くして、圭吾さんの出番になってそれを食い入る様に見つめた。
曲はロックテイストだけど少し切ない感じの歌詞でニヤニヤにアップした時も反響が大きかったものだ。
低くて、甘くて、吐息までマイクは拾っていてすごい、クラクラする。
本番は忙しくて彼の声を聞く時間は恐らく無いのでファンとして本番のつもりで聞き入った。
やっぱり、ミヤさんはすごい。
耳から入ってきた音が脳内に木霊してえも言われぬ気持ちになった。
耳が幸せすぎる。
暫くぼーっとしたようになっていると圭吾さんが舞台袖に戻ってきていた。
「すごく良かったです!!」
感想になっていない様な事しか言えない自分が悲しい。
自分が歌い終わった時と同じように俺が手を差し出す。
手が合わさる。
それは予想と違い、圭吾さんの指が絡まる。
恋人繋ぎに近い状況で合わせられた手に、そこから伝わる体温にじわり顔が熱くなる。
直ぐに手は離された。
きっと、触れていた瞬間は1,2秒ほどだっただろう。
握手をするのと変わらない程度の接触だったが、撫でる様に触れられた手にそれ以外の意味を感じて、触れあった右手をそっと握りしめた。