月形さんと別れたその足で圭吾さんの家へと向かった。
半同棲状態であるが親になんと言って説明したら良いのか分からないので一人暮らしをしているアパートはそのままだ。
たまに家に帰っては掃除と荷物の整理はしているけど、なんだかんだで圭吾さんのうちに帰る方が多い。
貰った鍵でドアを開ける瞬間は今でも少しだけドキドキする。
圭吾さんが家で仕事をしている時でも、俺の帰宅に気が付くと部屋からでて「お帰り。」と声をかけてくれる。
それが嬉しくて、「ただいま帰りました。」と返す。
幸せだなと思う。
幸せすぎて、ただそれだけでも涙が滲みそうになる事があるのは圭吾さんには内緒だ。
今日は少し帰るのが遅くなってしまったので謝ると気にするなとばかりに頭を撫でられた。
と、すぐに圭吾さんの手が止まった。
「誰かに会って来たのか?」
「?はい。大学の後輩と少し。」
なぜ、そんな事を聞かれるのか良くわからなかったけれど答えると、圭吾さんはばつが悪そうに笑った。
「樹から香水の香りがしてたから。」
苦笑気味に圭吾さんは言った。
確かに月形は甘い香水の香りをさせていた。
匂いがうつったのか?と二の腕あたりをクンクンと嗅いでみたが良くわからなかった。
月形さんの使っているフレグランスはいかにも女性向けの甘いものだ。
「俺、女の人には興味ありませんよ?」
「樹に、やましいところが無いっていうのはさっきの返答分かってるよ。」
圭吾さんは自嘲気味に口角を上げた。
「……謝られたんです。」
「何を?」
「友達がネットにゲイ疑惑を書き込んだって。」
圭吾さんは眉をひそめた。
だけど、それだけで慌てたりショックを受けたりしている様子は無かった。
「済みません。」
俺が頭を下げると、そこで初めて圭吾さんは少しだけ慌てた様だった。
「俺の大学で二人で居る所を見られたみたいです。
俺がヴィーって事もばれてたみたいなので……。
もっと気を付けるべきだったのに済みません、圭吾さん今が大事な時なのに。」
俺が言うと、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
それからギュッと抱きしめられた。
「俺は俺自身がゲイだって事はそれほど気にしちゃ居ないよ。
元居た会社にはばれてるんだ。そこから洩れる事だっていくらでもあるし。
俺が気にしてたのは、樹の将来の事だ。」
「俺の将来?」
オウム返しに返すと抱きしめられたまま耳元で「そうだ。」と言われた。
「歌手になるなら、俺が足枷になりたくないと思ったんだ。」
見上げた圭吾さんはとても優しい顔をしていた。
ただ、耳だけが少しだけ赤かった。
そっと耳元で密やかに言われたその言葉は俺を思いやっての事で、思わず目を見開いた。
「歌う事は好きですけど、歌手になりたいとかそういう事はまだ良く分かりません。
大学も楽しいですし。
俺は圭吾さんと付き合ってる事を嫌な事だと思った事はありません。
まだ、周りにゲイだってカミングアウトする勇気が無いのは事実ですけど、周りと圭吾さんだったら比べるまでもなく圭吾さんを取りますよ。」
俺も、年上の恋人の負担にならない様にとばかり考えていて何も伝えてこなかった。
圭吾さんが先回りして、色々と考えてくれている事は知っていたし、それが心地良かったので甘えきっていたのもある。
圭吾さんの負担になりたく無いと理由を付けつつもおんぶに抱っこの現実に申し訳無さがつのった。
「本当は、ライブ一緒に行きたいし、練習とかも一緒にしたいです。」
手を繋ぎたいとか、恋人として紹介して欲しいとかそんな事は考えて無い。
ただ、全く興味も何もない赤の他人のフリをする圭吾さんを見たくないだけで。
わがままかな?そうだよな。
俺と違って、音楽で食べてる人だもんな。
「すっ済みません!!今の――」
無しでという言葉は寄せられた圭吾さんの唇に飲み込まれてしまった。
俺の声を飲み込む様なキスに直ぐに翻弄されてしまう。
差し込まれた舌が俺の弱いところ、舌の裏側と撫でるように舐められる。
直ぐに口は離されたけれど、多分俺の顔は真っ赤だろう。
「ごめん。また俺、勝手に追いつめられてたみたいだ。」
圭吾さんが済まなさそうに言った。
それから、やっぱり一緒にライブ行くかと言ってもらえて大げさな位大きく首を縦に動かしてしまった。
練習もいっぱいしような。
と笑いかけられて、思わず目の前の厚い胸板にすり寄ってしまった。
ゴクリと唾を飲み込む音がして見上げると、圭吾さんが雄の顔をして見下ろしていた。
「飯、後で良いか?」
吐息交じりの甘やかな低温に囁かれ俺は圭吾さんをそっと抱きしめ返した。