–樹–
◆
俺は歌が下手だ。
ニヤニヤ動画に投稿して沢山の人に見てもらえて、評価してもらえて俺の歌が好きだって言ってくれる人がいて、アニメの主題歌にも抜擢された。
でも、俺の歌はヘタクソだ。
俺の歌が良く聞こえる事のほとんどが、ミヤさんが俺の粗を隠す事が出来る楽曲を提供してくれているからだ。
メロウなバラードの歌い手として俺の名前が時々ネット上で上がることがあるけど、それ以外が聞くに堪えないレベルだっていう事をちゃんと理解している。
そんな俺が、今フリーとして仕事を始めたばかりの圭吾さんの足を引っ張る事はしたくはない。
俺が、もっと、もっと実力のあるシンガーであればネットでデキテいるなんて書かれても気にしなくてすんだのだ。
実際、芸能人でホモっぽいーなんていう書き込みはネット上のどこかで毎日されている程度の話しだ。
だから、圭吾さんから真剣な目でされたライブ中は別行動という提案を、俺は飲むしかないのだ。
「その代り、ミヤヴィのユニットの奴は予定通り必ず一緒に歌ってくださいね!」
俺が言うと、圭吾さんは目尻を若干下げながら
「分かってるよ。んー、少しライブ用にアレンジしようかな。」
と答えた。
好きだけじゃ駄目だと思った。
上手くなりたい、圭吾さんの助けになりたいと改めて強く思った。
そっと圭吾さんの手を取り握り締めると、彼の顔から笑顔がこぼれた。
ただそれが嬉しくて、でも少しだけ切なくて俺も困った様に笑いながら圭吾さんを見上げた。
◆
元々音楽は好きなので移動中とかはイヤホンでずっと何かを聴いてるんだけど、ここのところはずっとライブで歌う予定の曲をエンドレスで流している。
ボカロが歌っている物と自分がアップしたものと、それから、ミヤさんがデモ用に歌ってくれているやつ。
ボカロが歌ってるやつは音程が正しいものになっているので確認用、自分が歌っているやつはどこがいけないのか確認する用だ。
数日に一回、録音して今の状態のチェックもしている。
ミヤさん…というか圭吾さんが歌ってるのを聞いてるのは完全に、完全に俺がただ彼の声が好きだというだけだ。
女々しいな、と思う。
だけど、彼の声を聞いているだけで幸せなのだ、好きだと思うのだ。
通学中も、休み時間もただあの人の声を聞いていたいとかもはや末期だと思う。
大学で昼ご飯を食べていた。
友人に偶には飲みに行かないかと誘われたが断った。
とにかくライブまでは歌に集中したかった。
理由も言わないのに「しょうがねーな。」と笑ってくれる友人に素直に感謝する。
いつ暇になる?って聞かれたのでライブの次の週を言う。
じゃあそん時なと声をかけられ分かったと答えたところで、腕に違和感。
そちらを見ると一人の女子生徒が俺の服の二の腕あたりを引っ張っていた。
その顔には悲壮感がありありとあらわれている。
「あの、……お話があるんですがお時間良いですか?」
横に座っていた友人が小声ではやし立てるように「告白?告白?」と聞いてくるがあえて無視をした。
俺の服を掴む女の子は知り合いでは無いし、そもそも悲壮感の溢れるこの態度はどう考えても愛の告白をする感じじゃない。
「えっと、何かな?」
下級生と思われるその子に聞く。
「あの、ここじゃちょっと……。」
真っ青な顔をしつつその子は言った。
「じゃあ、あっちで良い?」
指さすと、首を横にぶんぶん振られた。
「あ、あの、どうしても人に聞かれたく無い話なんです!!
午後の講義終わったらお時間いただけませんか?」
声も悲壮感で一杯だった。
美人局とかじゃないよな。
なんていうか真面目そうな感じの子だし、そもそもとても追いつめられている感じだし。
「分かった。
駅前のカラオケでいい?」
「はい。」
女の子の午後の講義と俺の講義の時間を加味して15時過ぎに待ち合わせにした。
その後、友人にひやかされたけれど、あの子と俺がどうこうなる事だけは無い。
だって、俺女の子に全く反応しないんだから。
まあ、いくら友達でもゲイですって気軽に言える訳じゃないので曖昧にごまかすしかないんだけど。