基本的に、音楽を作る事が好きだった俺は、誰かの前で音楽を演奏するという事にそれほど興味は無かった。
時々、ニヤニヤ動画の運営会社やインディーズレーベルとしてミヤのCDを製作・販売している会社の担当さん等からライブに出てみないかと誘いを受ける事はあった。
だが、これまで一回もそういったものに出演した事は無かった。
きっかけは多分、樹と二人で歌ったあのゲームのテーマソングなのだろう。
それなりに話題になったあの曲ので樹を知った沢山の人から、樹もライブに出ないかと誘いを受ける様になっていた。
当たり前だと思った。
樹の歌には力があるのだ。
徐々に人気が出て、きっと歌手としては俺よりもずっと愛される存在になるという確信めいたものが俺にはあった。
元々、樹は歌う事が好きな様だった。
生業とするかどうかの決断は出来ていない様だが、ライブに出てみたい気持ちは俺の目から見てもある様だった。
だからという訳ではないがニヤニヤ大集会のオファーが俺にもそして樹にもきた時に
「二人で出てみるか。」
俺の横でくつろぐ樹にそう言った。
樹は最初はきょとんと俺を見返していたが、その後、少々パニックに陥った様で「でも」とか「顔が」とか言っていた。
「顔はメイクするなり隠すなりどうしても嫌なら方法はいくらでもある。」
樹の前髪をそっと、かき上げながら言った。
すると樹は
「ミヤさんも出てくれますか?」
今ではめったに言わなくなった俺の歌い手としての名前で訊ねた。
「樹がやりたい事の為だったら、俺はいくらでも協力するよ。」
俺がそう返すと樹はふにゃりと笑った。
「お、俺出てみたいです。」
早速二人でオファーのメールに返信した。
ライブに出ると決めた時、俺が樹の支えになるつもりだった。
まさか逆に足を引っ張る事態になるとは思いもよらなかったのだ。
◆
最初にそんな発言があったのが、いつの事なのか今になっては良くわからない。
恐らく、どこかのSNSあたりでそんな発言があったのであろう。
【歌い手のミヤはホモだ。】
そんな書き込みが徐々に増えていき、目撃談と称する書き込みも俺自身がアップした動画やそれとシェアされているSNS上に散見される様になっていた。
目撃談とされるものの、ほぼ全てが嘘である事が俺は分かっている。
ミヤとして活動を始めて以降、誰かと外で手を繋いだ事もキスをした事も、ましてラブホに男と入った事も無かった。
恋人でも無い男とそういった行為ばかりをする生活に嫌気がさしたから動画投稿を始めたという部分もあったのだ。
ただ、そもそもの俺自身がホモであるというのは嘘ではないのだ。
自分のアップした動画はこまめにチェックをしてあまりに酷いコメントを削除する事はした。
だが、俺が管理していないSNS等での発言まで一々削除をする事は不可能だ。
以前体験した、会社での吊るし上げの事を思い出しギリギリと胃が痛んだ。
会社の人間であれば俺がゲイだという事も俺がミヤだという事も知っているのだ。
会社の人間が書き込んだとは思いたく無かった。
だが、もしかしたら俺の事を面白可笑しく書きたてた人間が俺の直ぐ近くに居るのでは無いか、そんな嫌な疑心暗鬼の気持ちが落ち着く事は無かった。
そんな中、ニヤニヤ大集会の日は刻々と迫っていた。
既にセットリストは確定しており、辞退する事も難しい。
俺は、心配そうに見つめる恋人をそっと抱きしめて、それから暫くそのまま、その感触を味わう。
その間、樹はずっと黙ったままだった。
抱きしめた時の様にそっとその腕を離す。
俺の事を真摯に見つめる樹に伝える。
「ライブの時は、お互い忙しいだろうから別行動にしようか。」
一緒に出演する、そう約束したから樹は出演を決意した事は勿論覚えているし分かっている。
だけど、打ち合わせやリハーサルを含めて、行きも帰りも一緒でさらにってなると、きっとこの噂に樹を巻き込んでしまうと思った。
まあ、1曲だけ二人のユニット曲を歌う事が決まっているので完全に別行動という訳にはいかないだろうけど。
「別に、俺気にしませんよ?」
実際に本当の事だしと樹は消えそうな声で言った。
だが、俺にはそれが嫌だったのだ。
樹の生の声を聞けば、間違いなく樹の人気は上がるだろう。
その中で俺との事がバレ無かったとしても、そういった色者を見る目で樹が見られるという事実を俺が許せないのだ。
だから、ネット上だけでそれ以外はそれなりの知り合いという事にしておきたいのだ。
樹は、殆ど俺の意見に反対する事は無い。
今回も悔しそうではあったが、分かりましたと答えた。