家に帰る途中、電車の中で樹からメールが入った。
ああ、そうだ、今日は樹と会う約束をしていたんだ。
申し訳ないけれど、外でデートなんて気持ちにはとてもじゃないけれどなれ無いので家で待ち合わせをする旨を返信した。
自宅にたどり着くと、すでに樹は先についていて玄関の扉の前で待っていた。
「ミヤさん!!」
俺に気が付いた樹が耳に入ったイヤホンを外し、弾んだ声で俺を呼ぶ。
「悪い、待たせちゃったか?」
俺が聞くと、樹はぶんぶんと首を横に振った。
「とりあえず入ろうか?」
言いながら、鍵を開けた。
リビングに入ると、途中のコンビニで買っておいた清涼飲料をローテーブルに置いて座った。
樹もいつもの定位置となっているラグの上にペタリと座ってこちらを見る。
何か言おうともごもごと口を動かした後、樹は
「あの、お互い忙しくて会うの久しぶりになっちゃいましたね。
……ニヤニヤの新曲聞きましたよ。ロックテイストでめちゃめちゃカッコよかったです。」
と言った。
いつもであれば素直に喜べる樹の言葉に今日はイライラする。
久し振りに恋人に会ったっていうのに、俺という人間についてではなく、ミヤというバーチャルの人物の話をされているような気がしてしまう。
実際は俺イコールミヤなわけだから俺の話ではあるのだが、歌い手である俺にしか興味がないように思える。
その、作曲家としての能力っていうのもアニメ化で外されたんだから結局のところ大した事が無いって事だろう。
いつもと様子が違う俺に樹がオドオドとした様子で「どうしましたか?」と聞いてくる。
そのしぐさにもイライラする。
普段であれば、年上として、大人として余裕を持って接するけれど、さすがに無理な様だ。
「なあ、俺が音楽やめるって言ったらどうする?」
樹の事を試すようなセリフが口からついて出た。
樹はヒュッと喉を鳴らし、少し驚いたような顔をした。
「……冗談ですよね?」
俺の顔色をうかがうように樹が言ってくる。
「“マジラギ”のアニメ化が決まった。」
「それは、おめで」
お祝いの言葉を言おうとする樹をさえぎるように
「楽曲提供から俺は外された。」
と言った。
先ほど、俺が音楽をやめると言った時の比で無いくらい樹が驚いた顔をしていた。
「何でですか?ミヤさんの曲すごく良かったじゃないですか!?」
樹が言う。
それこそ俺が知りたい事だ。
「さあな。俺に能力が無いってことだろ?」
やけくそで、そう答えた。
「樹だって、結局のところ音楽家としての俺にしか興味無いんだろ?」
思ってもみない一言が口から出てしまった。
「そ!?そんなこと無いですよ!!僕が、僕がどれだけミヤさんに救われたかミヤさんは分かって無い!!」
「それこそ、歌い手としてのミヤにだろうが!!」
売り言葉に買い言葉、こんなこと言うつもりじゃなかったはずなのに樹を責める言葉を言ってしまう。
「そもそも、ファンです、好きですって言われても、そんな関係こっちは欲して無いんだよ!!」
俺が言うと、酷く傷ついた顔を樹はした。
しまったと思い声をかけるその前に、樹は
「今日は帰ります。」
そう言って立ち上がった。
完全にタイミングを逃してしまった俺は、ただ呆然と立ち去る樹を見ていた