拓斗先輩はあまり僕に触れてはくれない。
◆
「今週末、イベントがあるから出かけてくるね。」
同室の楓に言われ、僕は楓を見返した。
楓の言うイベントというのは概ね同人誌の即売会か、漫画等のサイン会あとは声優さんのミニライブ等のことだ。
大体土曜日に学園を出て同好の士の家に泊まるかホテルで一泊して翌日イベントに行って帰ってくることが多い。
気を使って言ってくれてるんだろうなって分かる。
だけど、拓斗先輩を招いてもきっと何もないよとは言えなかった。
「そういえば、この前楓が教えてくれた鶏の照り焼き丼好評だった。」
あまり料理をしたことがなかった僕に楓が料理を少しずつ教えてくれる。
でも、料理だって格段に拓斗先輩の方が上手だし、気の利いた話一つできない。
二人でご飯を食べて、DVDを見るか少し雑談をして、それで拓斗先輩は帰ってしまうのだ。
翌日は大体二人で本を読んで過ごすか、近隣の街の図書館に行ったりする。
拓斗先輩のプライベートな時間を一緒に過ごしてくれて、それだけで嬉しい。
同じ空間に拓斗先輩がいて、言葉がなくてもそれが嫌じゃなくて、言葉があるときはあまりコミュニケーションが得意でない僕に合わせてくれて、それから僕だけに向かって話してくれる。
それだけで充分幸せだし、たまにしてくれるキスは触れるだけだけれど、それでも、ふわふわってする。
気にしても仕方が無いって分かっているのだけれど、僕に魅力が無いからそういう気分にならないんじゃないかなって思ってしまう。
「ツバサ、ツバサってば!!」
楓に呼ばれて漸く我にかえった。
「もうっ!!だから、今週末は確か剣道部遠征だった筈だから島田先輩も一人の筈だよって言ったんだよ。」
腐男子の情報収集力はすごいでしょ?と付け加えられたが良く分からないや。
島田先輩も一人。
一緒に過ごしてくれるかな。
ほんの少しでいいから触って欲しい。触りたい。
浅ましいのかな。欲張りすぎているのかな。
そんな風だから触ってはくれないのかな。
曖昧に笑い返すと楓はふうと溜息をついた。
「話したくなったら俺でも優斗先輩でもいいから相談でも愚痴でも言うんだよ!」
やっぱり楓は優しい。
◆
木曜日。
拓斗先輩に手料理をごちそうするから土曜日に部屋に遊びに来ないかと言われた。
「勿論お邪魔したいです。」と返すと、何故か頭を撫でられた。
頭に触れた拓斗先輩の手は相変わらず大きくて、思わずふにゃりと目じりが落ちる。
「そういう顔――」
「へ!?」
「そういう顔、他のやつの前でしないで欲しいって言ったんだよ。」
視線を少し外して拓斗先輩は言った。
どんな顔かは分からないけれど、多分きっと僕が拓斗先輩に見せている顔は全部拓斗先輩以外の前ではできないと思う。
でも、その言葉を聞いて決めたことがある。
今週末、拓斗先輩の部屋に行った時に触れ合いたいと言ってみよう。
すごく恥ずかしいけど、頑張ってみよう。そう決めた。
その夜、とてもとても嫌な夢を見た。
僕が伸ばした手を拓斗先輩が告白をした時の様な冷たい目で叩き落とす夢だった。
現実じゃないって、今はベッドの中で一人で、ただ夢を見ていただけだって言い聞かせるのに上手くいかない。
「拓斗先輩は僕の気持ちを受け入れてくれたんだから大丈夫。」
そう呟いて体を丸める。
まだ暗い時間だというのに眠れそうになかった