* * *
それは買い物帰りのことだった。
天気予報では確かに晴れだと言っていたはずなのに、突然の雨が降り出したのだ。
土砂降りの雨はやみそうにない。
雨宿りする場所もなく店からもかなり離れていた。
自分が濡れてしまうことは勿論嫌だったが、それより買った荷物が心配だった。
どこかにコンビニでもないか探しているとぼくの横に車が横付けされた。
この車には見覚えがあった。
葉山様の車だ。
後部座席のドアが開いて、葉山様が降りる。
「すごい雨だからとりあえず乗って。」
葉山様に言われたが、何を言われているのか理解できなかった。
ぼくはすでにかなり濡れていて、高級車に乗り込めば車が汚れてしまう。
「でも……。」
何も言えなかった。
葉山様を見ると、雨が葉山様の頭に、それからスーツに雨粒があたっていた。
このままだと葉山様もスーツもびしょぬれだ。
「あの、大丈夫ですから。」
このままじゃまずいと立ち去ろうとしたが腕をつかまれてしまいそれもかなわない。
「大丈夫なわけないだろ。」
半ば呆れ気味に言われ腕を引かれる。
そのまま「乗って」と簡潔に言われ車に押し込まれてしまう。
そのまま葉山様はぼくの隣に座った。
「石井さん今日の予定は?」
「家に帰って休むだけですが……。」
だから心配は無用ですからそう続けるつもりだった。
けれど、葉山様は「じゃあ、俺のうちでいいかな?」と聞いた。
否、質問をした訳ではなかった様でそのまま前の運転手に自宅に戻ると伝えてしまっていた。
「あ、あの……。」
これ以上迷惑をかける訳にいかないので何とか断ろうとするのに上手く言葉が見つけられない。
その間にも、車はどんどんと知らない景色の場所に走っていく。
「お客様にご迷惑をおかけするわけには。」
なんとかそれだけ言う。
「迷惑だなんて思ってないですよ。」
葉山様が笑う。
その笑顔は美しくてやさしくて、思わず見とれてしまう。
「自宅はすぐ近くですから雨宿りしていってください。」
それだけ言うと葉山様はポケットからハンカチを取り出しぼくに差し出した。
「家に着いたら、お風呂貸しますから。」
気休めですがつかってくださいと言われ、ハンカチをみると海外のブランド品だった。
持っているものも何もかもこんなにも違うのかと漠然と思う。
「汚してしまいますから……。」
語尾はどんどん小さくなる。
チッという舌打ちの音が聞こえ思わず身震いをする。
怖くて下を向いていると頬に布の感触がする。
思わず顔を上げると真剣な顔でぼくの顔に落ちる露を葉山様がぬぐっていた。
初めて、葉山様の手がぼくに触れたのだと思う。
一気に血液が沸騰したかと思う。
恥ずかしかった。
何もかも違っていて、ぼくはずぶぬれで、まるでそれがぼくと葉山様の関係そのもので、嫌だった。
だた、葉山様が優しいだけなのにこれじゃあ八つ当たりだ。
そんな自分が嫌になる。
何でもいいので理由をつけて早く家に帰ってしまいたかった。
それを伝えようと声をかけようとした葉山様の目は大きく見開かれていた。
どうしたのだろう。
あまりにもみすぼらしくなっていただろうか。
泣きそうだった。
「君って子は……。」
目を細めた葉山様がハンカチを置いてぼくの頬をなでた。
葉山様の手は熱くて、思わず固まる。
そのまま、濡れた僕の頬を、髪の毛を撫でられて何が起きているのか全く分からなくなる。
「葉山さま。」
唇を親指で撫でられて思わずでた名前に何故か葉山様の口角が釣りあがる。
そうしてる間に車はとあるマンションのエントランスで止まった。
「着いたから降りようか。」
葉山様に言われ、おぼつかない足取りで降りる。
エントランスを入ってすぐまるで準備をしていたみたいにコンシェルジュの人がバスタオルを葉山様に渡していた。
それを葉山様がぼくにかぶせる。
「もうすぐだから。部屋に着いたらシャワー浴びよう。」
今更帰りたいともいえず、葉山様の後に続く。
エレベーターに二人で乗り込み葉山さんがボタンを押したのは最上階だった。
そのまま二人とも無言のままエレベーターは最上階に着き、ドアが開くとその階は一部屋しか内容だった。
なれた手つきでドアの鍵を開け、葉山様はぼくを招きいれた。
「左のドアが風呂だから。なんか着れそうなもの探すからシャワー浴びたほうがいい。」
そう言うと半ば強引に浴室に押し込まれた。
手を見ると冷え切ってしまったみたいで小刻みに震えていた。
ここでこうしていてもどうしようもないので、濡れて重たくなった衣服を脱いでシャワーを借りた。