航平さんの住むマンションは見るからに高級感漂うもので駐車場に滑り込む直前にみた外観だけで尻込みするには充分だった。
車を駐車場に止め、二人で車を降りた。
入ったエントランスはオレンジ色の照明が光っていて奥にはきっとコンシェルジュっていうんだろう男の人が居る。
何もかもが自分の住んでる世界とは違っている。
キョロキョロとしながらついて行くことしかできなかったおれに航平さんは指をさしてエレベーターの前で待っている様にと言った。
エレベーターの前へ来て確認すると、それは住人の持っているキーが無いと使えない様だった。
航平さんはコンシェルジュの人と何かを話していた。
ほどなくして、航平さんがエレベーターの前まで来て、それからエレベーターに乗った。
静かに上昇していくエレベーターは回数を示すパネルまで洗練されたデザインで、こっそりと溜息をもらした。
いつもはそれに気が付かない航平さんが、おれの手を握った。
思わず、航平さんを見上げると微笑まれて、どうしたらいいか分からなくなる。
エレベーターが止まる。
最上階で無かったのは救いだろうか。(だって、なんとなく最上階に住んでいるのはすごいお金持ちのセレブな気がする。)
とまったエレベーターから降り、航平さんの部屋に案内された。
真っ暗な玄関からは奥にあるリビングに面する大きな窓が見えて、その向こうには都心の夜景が広がる。
「窓閉め忘れてたな。」
航平さんが言った。
あまり、夜景には興味が無いのだろう。
生活感の無さすぎるリビングも、そこから見える夜景も、少しだけ寂しく見えた。
思わず、航平さんにぎゅっと抱き着く。
「どうした?」
上から航平さんの優しい声がして、抱き着いたまま見上げる。
「寂しいなって思って。」
おれの返答に、航平さんは少し困ったように笑った。
「寂しい?寂しい場所かな、ここは。」
「違います。泣きたくなる位綺麗な夜景なのに、これをずっと航平さんが一人で見てたと思ったら、少し寂しいなって思ったんです。」
言ってから、決めつけで勝手に酷い事を伝えたことに気が付く。
慌てて、謝ろうとすると、航平さんに抱きしめ返されて、それも叶わなかった。
「寂しいなんて思う余裕無かったんだけどな……。」
航平さんはぽつりと言った。
おれの様な子供とは違うんだ。一人ぼっちな気がして寂しいなんて思う訳がないのに俺は何を言ってるんだろう。
「ご、ごめんなさい。」
とにかく、謝らなければと思った。
すると、優しい吐息が聞こえた。
「違う違う。俺、寂しかったんだなーって思ったんだよ。」
それから、暫く抱きしめていてくれた。
おれの体温が航平さんに伝わって、航平さんの体温も俺に伝わっている。
それがとても幸せだと思った。
暫くして漸く離れたのはインターフォンだろうか、壁に備えつけられたコンソールが鳴ったからだ。
取り付けられた受話器を耳に当て航平さんはニ、三言何かをやり取りした後、おれに「そこにに座ってて。」とダイニングテーブルを指さし、玄関へ向かった。
言われた通り、座って待っていると航平さんが戻ってきた。
手にはいくつかの容器を持っていて、それをテーブルに並べた。
「宅配で申し訳ないけど。」
残念そうに言う航平さんに、首を振る。
「嬉しいです。」
そう言うと、安心したように航平さんは俺の向かいに座って、手をこちらに差し出した。
「きちんとした誕生日プレゼントは、今度必ず用意するから。」
そんな事を言って渡されたのは、多分この部屋の鍵で。
自分の手に乗ったその小さな物をを見て、それから航平さんの顔を見た。
「持っていて欲しいんだ。
帰りが遅くなる日も多いし、出張も多いからあえない日もあるだろうけど、湊ならいつでも来てくれていいから。
湊の顔を見るだけで疲れなんか吹っ飛ぶ。」
照れたように笑う航平さんに、ようやく引っ込んだ涙がまたこぼれた。
腫れぼったい瞼から暖かなものがこぼれ落ちる。
「み、湊!?」
慌てる航平さんに、涙声になりながら
「ありがとうございます。最高の誕生日プレゼントです。」
と言った。
それでも涙は止まらず、ただ、鍵を握りしめて涙が止まるのを待とうとした。
航平さんが立ち上がると、俺の隣の椅子に座って、背中を撫でる。
これじゃあ、ますます涙が止まらないじゃないか。
「好き、です。好き……。」
「うん、俺もだ。」
そう返してくれる声も優しくて、背中を撫でる手も優しくて、ただただそばにいてくれる航平さんが愛おしくて、俺は涙を流した。
了