ぬけるような青空と入道雲を見上げ俺は目を細めた。
夏の日差しは黄色く光っていてどこまでも眩しい。
昨日振っていた雨は嘘の様にやんでいる。
俺は物置に入っていた梯子を取り出して家の外壁に立てかけた。
一度上って掃除をしたほうが良いだろうか。
思い出す幼いころの記憶では祖父がどうしていたか思い出せない。
ただ、ブルーシートはひいていた気がする。
とりあえず見てみるかと梯子を上る。
上がり切った先。平屋の屋根を確認する。
そこは思ったより綺麗だった。
祖父が亡くなった後、手入れしたのだろうか。
所有者なのに、よく知らなかった。
今年も殆ど実家に帰っていないので、久しぶりに電話で聞いてもいいかもしれない。
太陽を反射して鈍く光る瓦は見るからに熱そうだ。
どちらにしろ掃除は諦めて梯子を下りる。
庭の前を突っ切って室内に声をかける。
同居人は茶の間で相変わらず分厚い洋書を読んでいた。
先程出した麦茶も手つかずで、コップには水滴が浮かんでいる。
「なあ、今日の夜あけとけよ。」
直ぐに本から目を離してこちらを見た。
その割に集中していなかったみたいだ。
「何か用事でも?」
不思議そうに聞くこいつは記憶力は恐ろしくいいのに興味のないことはそもそも見ていないし聞いてもいない。
だから、数日前から駅前の商店街に提灯がかかっていた事にも、チラシが配られていた事も知らない。
「一緒に、花火を見よう。」
案の定、花火ですか?と不思議そうに答える。
けれども、直ぐに張り付けた笑みを浮かべて、分かりましたと言う。
子供の頃見たきりの花火大会がとても楽しみだった。
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夕暮れになった。
「出かけますか?」
あいつは俺に声をかけた。
「でかけねーよ?」
楽しみで、口角が上がりながら返す。
それから、人差し指で上を指して、笑った。
「屋根で見るんだよ。丁度良く見えるんだ。」
屋台で色々買い食いするのも捨てがたいが、今日はどうしてもこのうちで、二人で花火が見たかった。
去年、一人で見ようと思ったが、あれは祖父と一緒だから、だからこそ楽しかったという事実に気が付いて止めた。
大きめのトートバッグにシートとビールを数本、それからスナック菓子。あまり多すぎると持ってのぼるのが心配なのでこれだけにした。
昼間準備していた梯子を上って屋根の上に立つ。
カチャと瓦が鳴る。
シートを敷いて座ると屋根は日中の日差しでまだ暖かかった。
横に座ったあいつを見て缶ビールを一本手渡す。
片膝を曲げて反対は伸ばしただらけた体制で、ビールのプルタブを開けた。
「はい、かんぱーい。」
成人をこの前迎えたばかりで、正直酒が美味いとか好きとかそんな感情は全く無かったがなんだか今日は飲みたい気分だった。
おざなりにあいつの缶に缶を当ててビールに口をつける。
やっぱり、味のことは良く分からないが気分は良かった。
そのころには空は紫色を段々濃くしていた。
「子供の頃、こうやって祖父と見たんだ。」
そう話すと、丁度、打ち上げが始まった。
空に赤い花が広がって直ぐに、ドーンという音が鳴る。
にわかに明るくなった空に、おおと思わず声を漏らす。
次々に上がる色とりどりの花は、あの頃見たものと同じで、切なくなる位同じで……。
横を見ると、あいつも空を見ていて、花火の光が赤や黄色に顔に当たっていて。
来年もこうやって一緒に花火を見たいななんて思った。
「綺麗だな。」
「そうですね。」
ただ二人で空を見て、ドーンドーンという音を聞いて。
生ぬるい空気の中ビールを飲む。
そんな普通のことが幸せだなと思った。
飲み切った缶を袋にしまってそのまま横になる。
花火は相変わらず美しく、横の男はその光景に本当に感動しているのか分からなかった。
でも、それでよかった。
二人で見れて良かったと思った。
「来年も見ような。」
「そうですね。」
当たり前に返された言葉は家族になったみたいで、それがとても嬉しかった。
了