ああ、こいつは泣きたいときにも泣けないのか。なんて不器用な奴だろう。
その不器用さがたまらなく愛おしい。
「何になる?……俺の心をお前にくれてやるよ。」
「心、ですか。」
何かを確認するようにこいつは聞き返した。
「そう、心だ。
本当は何もかもくれてやりたいんだが、きっとそれじゃあ一緒に生きていく事は出来ない。だから心だけはお前の物になってやるよ。」
見降ろした下にいる、こいつに言った。
妙に偉そうになってしまったけれど、しょうがない。
そんな不確かな物はいらないか?
それとも、今まで積み重ねてきたと思っている物はすべて俺の勘違いで、こいつにとっては大したことの無い物なのかも知れない。
だけど、それでも俺はあんたと一緒に生きていきたい。そう思ったんだよ正孝。
出てくる声は自分で思った以上に情けないものだった。
「なあ、俺の事好きって言えよ。」
それとも俺には好きっていう価値も無いのか?
長い長い沈黙の後、俺から目をそらしていつもでは考えられない位とても小さな声で
「好きですよ。」
と言ってくれた。
自然と頬が緩むのが分かったがとめられない。
今の俺はひどく残念な顔をしている事だろう。
圧し掛かっていた上半身を目の前のこいつの胸板に擦り付けた。
嬉しい。気恥ずかしい。そんな気持ちがごちゃまぜになってキャパオーバーしてしまってどうしてもそのままではいられなかった。
首元に顔をこすりつけると、こいつの体臭と香水だろうか甘いにおいが混ざった香りが鼻腔をくすぐる。
もう少しこのままと思っていると、そっと髪の毛をなでられた。
同居生活の中でスキンシップはあった。それも過剰といえるくらい。
でもこんな風に優しく頭をなでられる事は無かった。
「顔、見せてもらえませんか?」
「は?今俺、相当変な顔している自信があるぞ。」
「変?そんな事ないでしょう。」
そういうと、俺の頭を軽く挟んで起こす。
ばっちりと目が合う。
ジワリ。自分の体温が上がったのが分かった。
「可愛いですね。」
「……目でも腐ったか?」
いくらなんでも俺が可愛いとか無いだろうに。
頭だけじゃなくて、とうとう目までおかしくなってしまったのか。
嬉しいなんて断じて思っていない。
「まあ、聞くまでも無いかもしれませんが教えてください。
貴方は僕の事をどう思っているんですか?」
俺の頬に手を触れながら言われた。
その手は今までに無く優しい手つきで、こいつ本当に恋愛感情理解して無かったのかと思う位だ。
好きだと言ってもらえてそれはとてもとても嬉しい事だったけれど、そもそもこいつの言う好きが世間一般でいう恋愛感情の好きと一緒かどうかなんて分からない。
でも、それでもいい。心の底からそう思ってるんだからもうどうしようも無いよな。
「非常に不本意だけど……
お前の事が好きだよ。」
気恥ずかしくて視線をそらしてしまったのは許して欲しい。
っていうか、何か言えよ!!いたたまれなくなるだろ。
頭の中でぐるぐると突っ込みを繰り返していると、下に引っ張られるように抱きしめられた。
俺もあいつも男だから女の人のように柔らかくも無ければいい匂いもしない。だけど俺のしたから手を伸ばして抱きしめるこいつが、とても暖かくてとても幸せだった。