すぐ傍に座ったあいつの顔を見る。
相変わらず恐ろしく整った顔をしている。
表情がないそのお綺麗な顔を、崩したい。
恐らく俺は面食いというやつ、なのであろう。たとえ無表情であってもその顔を嫌いにはなれないが、はっきり言って調子が出ないのだ。
「おい、その無表情なんとかしろよ。」
「はい?今無表情ですか?」
不思議そうに首を傾げた後、あいつは自分自身の顔を手で触る。
もしかして、自分で気がついていなかったのか?ならもっと早く突っ込めば良かった。
くそ、そっちが地じゃないかとか心配してやって損した。
「あ~~、クソったれが。」
床に座ったままの腰をほんの少しだけ浮かせ、目の前の馬鹿の肩を思いっきり押してやる。
馬鹿の目は驚愕に見開かれた後、仰向けに倒れた。。
あいつの頭と床がぶつかる音が盛大に響いた。
まあ、あいつも座っていた訳だし、音の割にはそれほどのダメージは無いだろう。
ただ、ノーダメージというわけにはいかなかったらしく、眉を寄せて痛がっている。
ざまーみろ。
倒れ込んだあいつの上に馬乗りになる。
基本的にこいつの方が背が高いため、特にお互いに立ってたりすると少しだけ見上げる格好となるので、今みたいに見降ろすというのが何か新鮮だ。
こんな風に圧し掛かる事今まで無かったので下にいるこいつもさすがに驚いたようで表情が戻ってきている。
「なあ、テメエが望めば俺の事監禁できるってあれ本当か?」
何から話していいか分からずとりあえず思い出した事を口にする。
目の前のこいつは俺の事をどかそうとする事もなく答えた。
「ええ、まあ。人一人囲う程度の財産はありますね。……それに、ああいった製薬会社以外にも色々と引き合いはありますから、色々と協力してくれる人は居るでしょうね。」
「ふーん。で、そもそもあいつらは何だったんだよ。こっちは殴られて最悪だったんだぞ。」
「殴られたって、大丈夫ですか?どこですか?」
少しだけ慌てたようにあいつに言われ、忘れていた痛みがぶり返した気がした。
「あー、腹。」
「ちょっと失礼しますよ。」
そう言って、馬乗りになっている俺のカットソーをまくった。
するとこいつはみるみるうちに、満面の笑顔を貼り付けた。
満面の笑顔。正にそういう表情をしているはずなのに何故か怖い。マジで怖い。
「あのクズ野郎、絶対に許しません。」
不穏な言葉が聞こえたが気にしない。気にしたく無い。
「そんなことはどうでもいいんだよ。あいつら一体何だったんだよ。」
「ああ、某製薬会社の社員の方々ですね。製薬会社といってもグループ企業の一角なので企業体全体としてみると、警備部とかはもはや、やくざ紛いだっていう話ですよ。
今、僕と高梨教授が研究している内容と僕の頭脳がどうしても欲しいようですよ。
高梨教授としても、僕としても正直製薬会社とかはどうでもいいので放っておいたのですが、それが仇になりました。」
巻きこんでしまい申し訳ありませんでしたと言われじっとこちらをのぞきこむように見つめられる。
自分で立てた予測とあまり違わない説明だったので心の準備は出来ていたので落ち着いて話を聞けたと思う。
「で、お前はもう俺に迷惑をかけまいとどこかへ行こうとしたと。」
「はい、概ねそんなところです。」
「……ふ。」
「ふ?」
「ふっざけんなよテメエ!!」
「ふざけてはいませんが?」
「ふざけてんだろうが。じゃなきゃ真性の馬鹿かどっちかだろうが。
何、勝手に出てこうとしてんだよ!こっちの事巻き込んで振り回して好き勝手やってきてなに勝手に逃げ出そうとしてんだよ!!」
胸倉につかみかかる勢いで俺は怒鳴った。
あいつは何故か言い返す事も無くそれを聞いていた。
「おい、馬鹿。」
「はい。」
「……好きって言えよ。」
口から本音がついて出た。
俺は馬鹿か、何言い出してるんだよ。だけど、一旦話し始めてしまった口は止まらなかった。
「お前俺のこと好きだろ?なら好きって言えよ。」
どこの自意識過剰だよっていうセリフがポンポンと口をついて出る。
「それを言って何になるんですか?何も変わらないでしょう?」
顔をくしゃくしゃに歪めて笑いながら言うこいつに、ああ、泣きそうなのかと思った。