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自宅には1時間もかからずについた。
タクシーから降り、走り去る車のテールランプを見送る。
「行くぞ。」
あいつはそのまま立ちつくしているので、腕を掴んで家の方へと引く。
無言のまま、あいつもついてくる。
早くしないと、あいつが『それでは。』と言ってどこかへ行ってしまう気がして焦って玄関の鍵を開けようとするが上手くいかない。
疲れと、殴って連れ去られた恐怖、……それからこの馬鹿がどこかへ行ってしまうかも知れないというのが一番でかい。
俺の手はカタカタと小刻みに震えていた。
こいつが俺の元から離れてしまう。
そう思っただけでこんな風になってしまうのか。
「ふ、ふふっ。」
変な笑いがこみあげてきた。
ああ、そうか。
なんだかんだ言い訳してここまできたけど、なんだ俺もうこいつが居ないそれだけでこんなに駄目なんだ。
その事実が、すとんと自分の心の中心に落ちてきた。
態ともやもやとさせて、はっきりさせていなかった自分の心の在り様が今物凄くはっきりしている。
自分の恋愛感情を自覚した時、葛西に言った言葉が頭をよぎる。
分かりあえない覚悟か……。なんか、そんなこともうどうでもよくなった。
そりゃあ、この先その事で悩む事もあるだろうけどその時はその時だ。多分その時の俺が何とかするだろう。
それよりも何よりも、今はこいつの事が欲しくて欲しくてたまらないのだ。
そのためにはそれ以外の事なんぞ瑣末な事だ。
分かってしまえば簡単な事だ。
俺は深呼吸をして鍵を開けた。
今度は手が震える事は無かった。
引き戸を開けると、あいつに声をかける。
「ほら、入るぞ。」
手を差し出すが、固まったように動かない。
何がそんなに嫌なのか。俺か?俺自身か?
それならそれで、今日これから引導を渡してもらうしかない訳なので、話しを聞いてもらわなければならない。
鍵を開けるために離した手を再び握って少し引っ張る。
あいつに抵抗する気は無いようで、そのまま二人で中に入った。
「ただいま。」
相変わらず無表情のまま後ろに居る奴に向かって言う。
返事は無いが想定の範囲内なので気にはしない。
一旦手を離して靴を脱いだ。
観念したのか何なのか知らないが続いてあいつも靴を脱いだ。
茶の間へと一瞬思ったが、やめた。寝室へと向かい先に部屋に入った。
「入れよ。」
俺が言うとあいつは、出来そこないの笑顔を浮かべて
「今まで絶対に入るなって言っていたのに?」
と聞いた。
そうだな、今までは自分のパーソナルスペースにお前の事を入れるのが怖かったから。
冗談のような過剰なスキンシップがこれ以上、いきすぎるのも嫌だった。
だけど、別にもういいんだそういうのは。
「そうだな、でも良いんだよ。」
適当に床に座り込んで目の前のスペースをトントンと叩いてここに座れと合図する。
あいつは大きく息を吐いた後、そこに座った。顔は残念ながら無表情に戻ってしまっていた。